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ゴースト [著]中島京子

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2017年10月29日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■今もひっそり、「そこ」にいる

 文豪の怪談小説は別として現代小説のこの手の本は初めてです。怪談の醍醐味(だいごみ)はジトッと濡(ぬ)れてジワーッと足音もなくひたひたと近づくあの見えない恐怖です。死者が生きていることの恐怖です。息も絶え、血も凍り、筋肉も硬直した死者が精神活動をしながら生きているその存在が幽霊なんでしょ? 本書では「ゴースト」です。
 『ゴースト』は死者が成仏できないまま生前の姿になって、この世に迷い出て、生者に怨念を晴らすというような、前近代的な因果応報のヒュードロドロ物語ではありません。恐ろしくも怖くもない現代のゴースト物語集です。都市から幽霊が消滅したのではなく今もひっそり「そこ」にいるのです。でもわれわれの心が巧妙に擬態しているために「それ」が見えないのです。ではなぜ「それ」が「そこ」にいるのかというと彼等(かれら)は話を聞いてもらいたいのです。本書ではそんな「それ」が頁(ページ)の隅々から語りかけてきます。「それ」が幽霊だと主張してもなかなか認められない。だからソーッとドアを開けて「不安定な足元をよろつかせながら」最後は消えていくのです。彼らにとってはこちらもあちらもないあの泉鏡花の中間世界〈たそがれ〉の中に消えるしかないのです。
 第一話の男Wは幽霊と会っていても、自分が認識できない。一軒の家を訪ねる度に三人の女に会うが、それは一人の幽霊で、少女期や初老期など異なる年齢の姿で現れるのです。最後に訪ねた時、その家は跡形もなかった。「おっ!」怪談の伝統が生きてるじゃん。あの上田秋成の「浅茅(あさじ)が宿」です。と同時に佐藤春夫の「文学の極意は怪談である」云々(うんぬん)が想起されます。
 『ゴースト』は、日常をビジュアルに細部まで描きながら、カラリと乾いたサラリとした空気感のある文体で「ゴースト」をやや寂しい姿に描いてますが、本書の読者には見えざる彼等の存在がきっと脳内視できるんじゃないでしょうか。
    ◇
 なかじま・きょうこ 64年生まれ。作家。10年に『小さいおうち』で直木賞。『かたづの!』『長いお別れ』など。

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