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新しい分かり方 [著]佐藤雅彦

[評者]野矢茂樹(東大教授)

[掲載]2017年11月05日

[ジャンル]人文 科学・生物

表紙画像

■心地よく見え方をずらされる

 とりたてて何も考えずに何かを見ているときでも、見ることのうちに「思考」は入り込んでいる。テーブルの上をぼーっと見ているとき、テーブル、コーヒーカップ、スプーン、そういう意味をもったものとして、それらを見ている。
 あるものをコーヒーカップという意味で見るということは、それをコーヒーと関係づけて見るということだ。テーブルは何か物を載せるものとして、スプーンは何かを掬(すく)うものとして、あるものは他の何かと関係づけられることで、特定の意味をもつ。この、他のものと関係づける働きを「思考」と呼ぶことができる。だから、何かを見ているとき、それはつねになんらかの思考のもとにある。

 本書に挙げられている例を一つ紹介してみよう。この文を読んでみてほしい。そして次に、新聞を逆さまにしてみる。
 どうです? あれっと思った人、いくつかの文字が反転しているのに、ひっくり返す前には気がつかなかった人も、多いんじゃないだろうか。
 私たちはふだん何の気なしにさまざまなものごとを見たり聞いたり触ったりしている。しかし、その多くの部分が思考によって形作られているのである。いまの例で言えば、「はるのおがわはさらさらゆくよ」という文の意味がまず頭にあって、それに導かれて読んでしまうので、文字が反転していることに気がつかない。
 この本には解説やエッセイもあるが、中心はそんなふうに仕掛けられた絵や写真だ。ニヤッとしたり、首を傾(かし)げたりしながら、ああ、ものを見ることは、他のものとの関係を考えることによって成り立っているのだなあと、実感するだろう。
 さらに、その関係をずらしてみたり変えてみたりする。同じ一つのものが、ふだんと違う一見無関係なものと結びつけられることによって、あるいは異なる枠組のもとに置かれることによって、その見え方も変わってくる。この、ふだんと違う見え方にずらされていくときのズレの感覚がとても、心地よい。
 私が気に入っているのは、親指に目玉を貼り付けて、鏡の後ろから手を半分のぞかせると、それが鏡に映って、まるで変てこな生き物のように見える写真。言葉で説明しても、よく分からないでしょう。うふふ。
 なんだか脳がむずむずして、自分でも新しい見方でものを見直してみたくなる。
    ◇
 さとう・まさひこ 54年生まれ。クリエーティブディレクター、東京芸術大教授。著書に『考えの整頓』『毎月新聞』『プチ哲学』など。Eテレの教育番組「ピタゴラスイッチ」の総合指導。

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