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トラクターの世界史―人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち [著]藤原辰史

[評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)

[掲載]2017年11月05日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像

■未来のイメージ、体現した存在

 エルヴィス・プレスリーが得意満面に乗り回し、カメラの前でポースをとる。小林旭が♪燃える男の~、とCMソングを歌う。濃い。濃すぎる。それが本書の主人公、トラクターである。
 二〇世紀になってトラクターは世界中に普及した。モータリゼーションは都市だけでなく農地でも進行したのだ。その各国での実態はどのようなものだったのか。トラクターは社会の中でどのように描かれ、語られてきたのか。人々がそれに注ぐ眼差(まなざ)しを通して、著者は日米欧を中心に世界規模で横断的に比較する。
 トラクターはまた、《未来のイメージ》を体現した存在でもあった。機械の力で農作業の負担を軽減し、生産性を高め、労働時間を短くして余暇を満喫する。いわば、技術で自然をねじ伏せる。
 理想とする未来の姿は、国によってさまざまだ。世界に広がっていったトラクターは、それぞれの国ごとに理想とされる未来のシンボルとしても扱われた。アメリカでは技術による近代化、ソ連では農業の集団化、中国では共産主義革命実現、そして戦前の日本では「国防的有用性の増大」をもたらすものとして。
 一方で、その開発製造は軍事と密接に結びついてもいた。悪路での走行安定性や頑健性など、トラクターに要求される技術特性の多くは戦車と共通する。「トラクターと戦車はいわば双生児」だったのである。また、トラクターは土壌の劣化ももたらした。
 しかし著者は、こういったマイナスを、国家権力や独占資本がもたらしたといった紋切り型ではとらえない。そうではなく、農民や技術者たちの夢や希望やさまざまな思いが、網の目のように絡まって、トラクターを生み出し、受け入れ、育てていったのである。
 その全体像を、著者は鷲掴(わしづか)みにして、わかりやすく見せてくれる。それは多少荒っぽい手つきかもしれないけれど、その慧眼(けいがん)と豪腕はお見事というほかない。
    ◇
 ふじはら・たつし 76年生まれ。京都大准教授。専攻は農業史。著書に『食べること考えること』など。

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