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シンパサイザー [著]ヴィエト・タン・ウェン

[評者]市田隆(本社編集委員)

[掲載]2017年11月12日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■スパイ視点で描くベトナム戦争

 サイゴン陥落でベトナム戦争が終結した1975年に私は小学6年生。当時読んだ人気漫画「サイボーグ009」シリーズのベトナム編は今でも記憶に残り、子供にもこの戦争が意識された時代だった。その後もベトナム戦争を扱った米映画、日米の作家や記者の本に触れ続け、この戦争の影響を受けてきた気がする。
 そんな世代の私に本書は新鮮に映った。ベトナム生まれで75年に家族とともに渡米した著者による小説は「ヴェトナム人の側から」「ヴェトナム戦争を描いたという貴重さ」(訳者あとがき)を持つ。同胞の目からベトナム人の内面に深く入り、戦争の当事者である米国人の虚実も見極めようとした作品は、これまであまり目にしていない。
 主人公は、南ベトナムの秘密警察長官の側近に入り込んだ北ベトナムのスパイ。長官家族らと米国に脱出し、反攻を企てる長官らの動向を監視する役目を担う。国を救うと信じた共産党の同調者(シンパサイザー)だが、後にベトナムの再教育キャンプに入れられ革命の理想が色あせたことに気づく。米国生活に不満を募らせる南ベトナム出身者に共感するが、アメリカ文化に愛着もある。複合的な視点を持つ主人公だからこそ見える独善に陥った様々な人たちの描写は鋭い。
 中でも、米国人監督によるベトナム戦争映画の製作に主人公が関わった場面が印象的だ。ベトナム人が正しく表現されるようにと助言する主人公に、監督は「誰もそんなことにクソほどの関心も払わない」。巻末の著者の文によると、この映画のモデルは、フランシス・フォード・コッポラ監督の「地獄の黙示録」(79年)。戦争の狂気を描いた傑作との評価がある中で、小説では米国人の身勝手な価値観が厳しく批判される。ものの見方を考え直す機会が何度も出てきた。
 多様な文学賞を受けた作品で、戦争文学の奥深さとスパイ小説の面白さを同時に実現した点も魅力だ。
    ◇
 Viet Thanh Nguyen 71年、ベトナム生まれ。米カリフォルニア大で英文学博士号。本書でピュリツァー賞。

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