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あるノルウェーの大工の日記 [著]オーレ・トシュテンセン

[評者]佐伯一麦 (作家)

[掲載]2017年11月19日

表紙画像

■臨場感あふれる埃と騒音の現場

 手を使う労働に携わっている人たちが、それぞれの作業を通して感得した機微に触れたものを記したら、面白い読み物になるのではないか、とつねづね夢想してきた。その願いが本書によって存分に叶(かな)えられた。
 著者は約25年の経験を持つノルウェーの大工。オスロ市内に住む一家から、屋根裏を居住用にリフォームする改築工事を電話で依頼され、現場の下見、見積もり、3社による入札、落札を経て、実際に工事に取りかかり、完成して引き渡すまでの初冬から初夏までの日々を作業日誌ふうに綴(つづ)ったものである。専門用語が頻出する作業の詳細と、それに伴う考察が記されているだけだが、こちらも埃(ほこり)と騒音の現場に立ち、北欧で生活しているかのような臨場感を味わった。
 職人というと、無口で無愛想、といったイメージがあるかもしれないが、著者はノルウェー人らしいユーモアを持つ率直な人柄で、人々と相応にコミュニケーションを取りながら工事を進めていく。建築士、施主一家(幼い子供に対しても)、大工の相棒、電気工や塗装工など仕事仲間たち、といった直接接する人だけではない。雨漏りの跡や古新聞、古い電気配線やガイシ、ダクト周辺のアスベストなどが残されているような築100年を超える屋根裏の改築は、見知らぬ過去の職人と心を通じて仕事を引き継ぐことであり、石膏(せっこう)ボードで覆い隠されると、内部が再び人目にさらされるのは50年後、100年後となるので、未来の同業者へも想像を馳(は)せる。
 引き渡し前の確認の折に、〈ダン、タム、ビョーン・オーラヴ、トマス、ヨハネス、グスタウ、ユッカ、ペッター、そして私は、みな自分自身の一部をこの屋根裏の壁や屋根に残している〉と職人の名を列挙するくだりには、映画のエンドロールを追っているような万感の思いがした。リフォームを考えている人が、国は違えど職人の心持ちを知るにも絶好の一冊。
    ◇
 Ole Thorstensen 65年生まれ。オスロ近郊のアイツヴォル在住。小さな工務店を経営している。

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