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ナチの子どもたち―第三帝国指導者の父のもとに生まれて [著]タニア・クラスニアンスキ

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2017年11月26日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■憎むか正当化か、両極の葛藤

 ヒトラーを支えた第三帝国の指導者たち、彼らを「父」にもった子どもたちはどのような生き方を強いられたのか。いや彼らは「父」をどう受けとめたのか。フランス生まれの著述家が、8人の側近の子どもたちの葛藤を描いた。
 自らの人生の局面で父の名が出るたびに他者に生き方を規制される。著者も指摘するように、ことナチ高官の子どもに限っては憎むか同調するかの両極はあっても、中立という立場でいられた者はいない。自らの良心と、他者の視線が人生の幅を決めていくわけだ。
 ヒムラー、ゲーリング、ヘース、フランク、ボルマンなど日本でも知られている高官の子どもは、ヒムラーの娘のようにその名をだすと「解雇され、住まいから追い出された」、しかし彼女は「父の名を守りたかった」との人生を歩む。責任があるのはヒトラーただひとりと逃げ、「ゲーリングの名はおおいに役に立つ」と考えている娘。この二人は父を崇拝し父の罪を認めない点で共通している。アウシュビッツ収容所の所長宅に住んでいたヘースの子どもの一人は父の名を孫にも伏せ続けた。
 「クラクフの虐殺者」ハンス・フランクの子どもの一人は、他のナチ高官の子どもが「良心の呵責(かしゃく)も後悔の念もなく、父を正当化しようとするのは……許しがたい」と怒り、「私は父を憎んでいる」。ある週刊誌の取材に「父親がパン屋だったらよかった」と人生を振り返った。
 ヒトラーの秘書ボルマンは、その息子のファーストネームにアドルフをつけた。ヒトラーが名付け親だった。彼は父の罪を知らなかったので沈黙を守る。罪を知って「裁くのは神」と言いつつ彼はイスラエルに赴き、対話も行っている。
 さまざまな子どもの生き方は、戦争犯罪や民族抹殺といった罪が時間空間を超えて「歴史」であることを証明する。本来ならそれが戦争抑止力となるはずなのにと本書は訴える。
     ◇
 Tania Crasnianski フランス生まれ。刑事事件専門の弁護士を経て、執筆活動に入る。本書が初の著書。

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