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だから、居場所が欲しかった。―バンコク、コールセンターで働く日本人 [著]水谷竹秀

[評者]市田隆(本社編集委員)

[掲載]2017年11月26日

[ジャンル]社会

表紙画像

■彼らがタイにたどり着いた理由

 タイ・バンコクにある日本企業のコールセンター。経費節減のために海外移転され、日本からかかってくる通信販売の注文への応対が主な業務である。そこでオペレーターとして働くのは、タイ人ではなく、日本を脱出してきた100人以上の日本人。海外就職を扱った書籍にも登場しない「陽(ひ)の当たらない場所」で働く人々の姿を丹念に追い、彼らの存在を日本社会に問いかけるルポルタージュだ。
 フィリピンを拠点とするノンフィクションライターが5年かけて取材した人数は40人程度。誰もが最初は「成長するアジアで自分を試してみたい」などと語ったが、内実はロボットみたいに同じ動作を繰り返す仕事に「やりがいはない」。在留邦人社会では見下されている仕事で、離職率も高い。平均年齢30代前半の男女の中にはセンターでの勤務を隠したい意識も強く、読んでいると暗然たる思いになる。
 しかし、彼らの生活が悲惨かと言えば必ずしもそうではない。月給3万バーツ(約9万円)は、タイ政府が定めた日本人の最低賃金よりも低いが、日本より物価がだいぶ安いタイでは、暮らせない額ではない。そのつつましい生活を哀れとみる読者がいるかもしれないが、狭いムラ社会の人間関係に束縛される多くの在留邦人と比べ、よっぽど気楽だとの見方もある。著者は「『これでもいいんだ』と思える心の余裕」をタイという国が与えてくれることを指摘した。
 彼らがタイにたどり着いた理由として大きいのは、日本での「生きづらさ」だ。移住前に非正規労働を経験した人が多く、借金苦から家族で逃げてきたり、職場や家庭から同性愛者が疎んじられたり。幼い時の性的嫌がらせや、風俗嬢として働いたことなど「消したい過去を抱えている」人もいた。日本社会のひずみが、東京から約4600キロ離れたバンコクで先鋭化して表れている事実を濃厚に描き出している。
     ◇
 みずたに・たけひで 75年生まれ。2011年、『日本を捨てた男たち』で開高健ノンフィクション賞受賞。

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