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ハーフ・ブリード [著]今福龍太

[評者]椹木野衣 (美術評論家)

[掲載]2017年12月03日

[ジャンル]人文

表紙画像

■得体の知れぬ混淆の創造力

 「ハーフ・ブリード」? 慌てて訳語を充てる前に本そのものに向き合ってみよう。試しにカバーを外してみるのもいい。すると目が吸い込まれるほど深い「赤の本」が姿をあらわす。正しくは赤い本体を持つ本書が、実はもう一冊「別の赤い本」を内に宿すシルエット(半影)が見えてくる。この別の本こそが、本書の隠された心臓部にして著者が筆記する力の源泉——メキシコ生まれの詩人であり運動家、思想家アルリスタの手で1972年に刊行された稀少(きしょう)本『民族の子供 赤い羽根』にほかならない。
 13歳で国境を越えアメリカに渡ったアルリスタは、見知らぬ土地で余儀なくされた容赦ない差別や存在の否定を通じ、みずからの中の「メキシコ」と初めて遭遇する。それは旧大陸からの征服者たちによって凌辱(りょうじょく)された先住民の女たちが産み落とした血まみれの鬼子の姿だ。そこに帰るべき根(ルーツ)はない。おのれの起源そのものが望まれぬ混淆(こんこう)の結果だったのだ。同時にそれは、国境を越えるという苦難を経て初めて発現する、移動の渦中でしか見出(みいだ)せない性質のものでもあった。
 このような自己の喪失と分裂から渾渾(こんこん)と湧き出し続ける得体(えたい)の知れない創造力のことを著者は「ハーフ・ブリード」と呼んでいる。それを従来の知識区分で分類するには無理がある。ゆえに、みずから若くしてメキシコに渡り、国境を越えてテキサスに身を置き、長い時を経て出会ってきた未知の詩人や絵描き、歌手や演奏家、アクティヴィストたちが残した言葉が縦横無尽に引かれていく。
 博識をひけらかすのではない。激烈に流転するその世界を、みずから進んで日本語で実践するためだ。本書が「あらゆるジャンルから逸脱しつつ」、「古代神話そのものでもなく、説話でもなく、アカデミーの言語でもなく、ジャーナリズムの言語でもなく、近代が開発してきた小説の言語でもない」という批評と随想、書状と追憶、引用と翻訳が渾然一体となった、まさしくハーフ・ブリード(混血)そのものになっているのは、そのためだろう。
 本書のもとになった連載が書かれた2014年から17年は、トランプ米大統領の台頭によって、他でもないメキシコなるものが、新たな世紀の迫害を余儀なくされた渦中にあたる。その結果、両国を隔てる新たな国境の壁の増強が説かれ、入国時の選別が強化され、異質な民族への偏見が助長された。だが、ハーフ・ブリードにとってそれは、必ずしも今に始まったことではない。その力の真価が試されるのは、おそらくこれからなのだ。
     ◇
 いまふく・りゅうた 55年生まれ。文化人類学者、批評家。著書に『ミニマ・グラシア』『クレオール主義』『レヴィ=ストロース 夜と音楽』など。『ヘンリー・ソロー 野生の学舎』で読売文学賞。

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