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田舎暮らしと哲学 [著]木原武一

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2017年12月03日

[ジャンル]社会

表紙画像

■野良仕事と工作の日々に学ぶ

 田舎で子供を育てたいという想(おも)いから千葉の外房に家を建てて一家3人が移住した。雨水でご飯を炊くような水の不自由な土地で過酷な自然を相手に一歩も引かずに来れたのは楽天一家の希望があったからだ。
 だけど田舎暮らしには田舎のルール「相互扶助」の精神が不可欠。他者に対する献身的な善意など懐疑的、人間関係は家族であっても淡泊、本心むき出しの人間を嫌悪、田舎の慣習は性に合わない、そんな夫が妻の一言「郷に入っては、郷に従え、よ」で協調性に傾く。追い打ちをかけるように区長が「昔から、そういうふうになっているんですよ」と問答無用。僕は思わず笑ってしまったが、すでに哲学の予感にざわめく。そしてあらゆる局面で著者は万巻の書から適切な言葉を引用しながら哲学談義を始める。
 さらに妻の稀有(けう)な存在感に触れる時、読者は彼女の人間愛の磁力の中で至福を感じ、幸せな気分にさせられる。そんな絶頂の時、彼女は死に見舞われる。
 それで物語(?)が終わったわけではない。読者のひとりとしてある種の喪失感を受けるが、本心を抑えた著者の淡泊な時間は過去を振り返らず未来に向かう。カオルと呼ぶ新しい人生の伴侶を得た著者は今まで以上に自然と共生共存、「自家生産自家消費」。家庭菜園なんてもんじゃない、人の手をわずらわせない自然農法に一歩接近、なにもしない農法はもはや悟性の域。
 さらに2人は生活必需品製造に挑戦。カオルの注文に応じ、生活用品も夫が創造。工作の「観念の形象化」はそれ自体が芸術的理念の達成である。妻のコンセプトに夫が形象を与える。この2人のコラボはまるで陸の孤島でのロビンソン・クルーソーの生活だ。
 このような日々の野良仕事と工作における達成感を、米国心理学者W・ジェイムズは、戦争のように人びとを熱中させるところから「戦争の道徳的等価物」と呼んだ。田園は哲学の宝庫!
     ◇
 きはら・ぶいち 41年生まれ。文筆家。著書に『快楽の哲学』『哲学からのメッセージ』など。

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