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いわさきちひろ―子どもへの愛に生きて [著]松本猛

[評者]

[掲載]2017年12月17日

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■賢治の言葉で共産主義に共鳴

 1946年1月、長野県の松本で日本共産党の演説会が行われた。民主主義について語る弁士の演説を、フレアスカートを着てつば広の帽子をかぶった若い女性が熱心に聴いていた。彼女はその後に開かれた座談会にも、女性として唯一参加した。のちに共産党に入り、絵本作家になるいわさきちひろであった。
 本書は、ちひろと共産党の代議士となる松本善明の間に生まれた息子、猛が描き出したちひろの評伝である。ちひろが共産党に入ったのは、疎開先の安曇野で触れた宮沢賢治の著作が影響していた。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」という賢治の言葉が、共産主義への共鳴につながったというのだ。
 敗戦後、上京した日に泊めてもらった丸木俊との出会いも興味深い。俊もまた夫の位里と共産党に入り、西武池袋線の椎名町に近い「池袋モンパルナス」で絵を描いていた。ちひろが絵本作家として成長していった背景には、俊の一貫した支援があった。ちひろは善明と結婚してから西武新宿線の上井草に終(つい)の住処(すみか)となる家を構えるが、ほぼ同じ頃に俊も池袋線の石神井公園の近くに移住する。
 ところが、ちひろと俊では作風がまるで異なっていた。「原爆の図」を位里とともに描く俊に対して、ちひろは広島を訪れても子どもたちのことが浮かび、原爆資料館に入ることすらできない。だが、戦争を題材にしなかったわけではない。ベトナム戦争に巻き込まれる子どもや母親を多く描いているからだ。
 俊は、1964年に部分的核実験禁止条約の評価をめぐって共産党と立場を異にしたことから、党を除名される。一方、ちひろは善明が選挙に出るさい、党が生活を守ると約束し、ずっと党にとどまった。まるで姉妹のようだといわれた二人の間にいったい何があったのか。著者が触れなかった空白の大きさが、かえって強く印象に残った。
    ◇
 まつもと・たけし 51年生まれ。美術・絵本評論家、作家、横浜美術大客員教授。安曇野ちひろ美術館などの前館長。

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