書評・最新書評

アメリカ 暴力の世紀―第二次大戦以降の戦争とテロ [著]ジョン・W・ダワー

[評者]齋藤純一(早大教授)

[掲載]2018年01月07日

[ジャンル]政治

表紙画像

■怯えと不安が導く準戦争状態

 本書は、「アメリカの世紀」の裏面に光を当てる。ヘンリー・ルースが用いたこの表現には、アメリカの経済的・軍事的な覇権だけではなく、その「例外的な美徳」という意味合いもある。例外的な徳と力を併せもつアメリカだけが他を導き、世界に平和をもたらすことができるというこの信仰にこそ、「アメリカの世紀」を実質上「暴力の世紀」にしてきた要因があると著者は見る。
 注目したいのは、他を圧倒し、自信にあふれるこの国家が、一方では絶えず怯(おび)えと不安に苛(さいな)まれてきた、という指摘である。
 その怯えと不安は、冷戦後もなお軍拡を続け、強大な軍事機構を維持するうえで不可欠な要素だった。アメリカはいま、ほぼ70カ国に800を超える基地をもつ。グローバルな展開を遂げたこの軍事網を維持するために、日々3千億円超が費やされている。
 そのコストは膨れあがった軍事費にとどまらない。とくに印象に残るのは、軍事から身を引き離すことができなくなった政治のありようである。安全保障への過剰反応は、社会を常時「準戦争状態」に置く。特定の個人や集団だけではなく、市民社会全般が秘密裏の諜報(ちょうほう)活動の対象となり、民主主義にも暗鬱(あんうつ)な影を落としている。
 アメリカの世界覇権に日本がどのように加担してきたかについて本書は直接には言及しない。しかし、敗戦・占領下の日本の内向きの姿を描いた『敗北を抱きしめて』の著者ならではの示唆が随所に読み取れるだろう。
 日本には120を超える米軍基地が置かれている。日本は「在日米軍駐留経費」を負担し、アメリカの軍事展開を兵站(へいたん)面で支え続けてきた。実際の軍事行動面でも日本政府がアメリカに異を唱えたことは戦後一度もなく、対米従属の根は深い。
 北朝鮮の挑発が「国難」として語られるなか、巨費を投じてミサイル防衛システムの更新・拡充をはかるなど、日本はいま、アメリカの軍産複合体制にさらに深く組み込まれつつある。学界の一部に軍事的な安全保障研究を解禁しようという動きがあったことも記憶に新しい。
 今年は改憲論議がいよいよ本格化するだろう。憲法は、これまで日本が少なくとも米軍の作戦行動に巻き込まれるのを阻んできた。著者は、「普通の」軍事化を促進するために憲法を変えれば、国家の性格も変わる、と言う。日本は大きな岐路にさしかかっている。
 「暴力の世紀」を省みることは、私たちにとっての課題でもある。
    ◇
 John W.Dower 38年生まれ。米マサチューセッツ工科大名誉教授(日本近代史・日米関係史)。著書に『吉田茂とその時代』『忘却のしかた、記憶のしかた』『昭和』など。

関連記事

ページトップへ戻る