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セトウツミ 全8巻 [著]此元和津也

[評者]野矢茂樹(東大教授)

[掲載]2018年02月04日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■マンガ表現の枠を広げたラスト

 男子高校生セトとウツミが河原に腰かけて喋(しゃべ)る。基本、それだけのマンガである。「こないだめっちゃ頭痛かってんやんか」「どれぐらい痛かったん」「これぐらいの 大ハンドモンスターに頭ギュウウウ掴(つか)まれる感じ——ほんで薬」「その大ハンドモンスターってどうやって生まれてきたん」「50メートルぐらいの巨大大(おお)大(だい)魔王の腕が勇者に切り落とされてんけど 復讐(ふくしゅう)心から魂が宿ってしまってん——ほんで薬ないか捜してたらすっごい寒気」「その大ハンドモンスターの目的は復讐なん?」彼らは今回の第8巻で完結するまで喋り続ける。セトはとりあえず「普通の」高校生に見える。ウツミはとりあえずかなり賢いクールな高校生に見える。人が頭が痛かったと言ってるのに、その比喩に出した大ハンドモンスターの話ばかりを聞き出そうとしているのが、ウツミである。何人かの人物が絡んできて、ストーリーらしきものも展開する。しかし基本的に彼らは放課後という——大人になった私たちが失ってしまったあの——時間に腰掛けて無駄話をする。私は、彼らの会話のリズムと小ネタを楽しみながら、巻を追うごとにその世界にはまっていった。ウツミはたんなるクールな秀才ではない。彼の心は病んでいる。彼が心の扉を半分ほど開けられる唯一の相手、それがセトなのだ。だからセトもまたたんなる「普通の」高校生ではない。それまで一風変わったギャグマンガだと思っていたら、最終巻で、ウツミを救い出しその閉じた心の扉を開くドラマへと急速に焦点が絞られていく。差し出された救いの手を掴んだウツミは、セトのことを「紛れもないスーパースター」だと確信する。そして、あまりにも水際立ったラストシーン。私は、マンガという表現の枠が広がったのを感じた。このラストの素晴らしさについて、誰かと語り合いたくなる。河原に腰かけて。私にはもう放課後という時間はないけれど。
    ◇
 このもと・かづや 06年デビューの漫画家。本作は16年に映画、17年にドラマ化。作品に『テリトリー』など。

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