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「運慶のまなざし」書評 創造行為と精神の交配が開く道

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2018年02月04日
運慶のまなざし 宗教彫刻のかたちと霊性 著者:金子啓明 出版社:岩波書店 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784000222372
発売⽇: 2017/11/07
サイズ: 20cm/300,3p

運慶のまなざし―宗教彫刻のかたちと霊性 [著]金子啓明

夏目漱石の『夢十夜』の中で、仁王像を公衆の面前で彫る運慶の姿を漱石は夢で見た。夢の中の見物人の一人が仁王は木の中に埋まっていると言う。そんな立ち話を聞いた漱石は「彫刻とはそんなものか」と初めて木の中の仏の存在を知った。もしかして運慶が漱石に夢を見せてそのことを知らせたかったのかも知れない。運慶は夢は神仏からの霊的なメッセージだと信じて、同時代の明恵上人のごとく、重要な事柄の判断を夢に託し、神仏の霊的な働きを重視して、夢をかの世界との通路とみなした。
 神仏の働きを信じる運慶は彫刻家であると同時に僧侶でもあり、その務めとして日々写経に興じた。写経に通じることで神仏の功徳の力を得、心の浄化、すなわち五官と意識が清められることによって、創造行為を神仏の世界と一体化させようとしたのではないだろうか。
 宗教的な精神の深みを自己の内部に移植することによって「他者に対して積極的に慈悲心を向けるという、大乗仏教の根本」に運慶の創造的造形力のまなざしと僧侶としての精神のまなざしを交差させることで、そこに霊性を宿らせようと図ったに違いない。
 霊性とは、芸術と宗教が合体する次元において、知性や感性を超越して成立するものである。仏像は信仰の対象として、信仰者の思念が凝縮したエネルギー体となる。このエネルギー体は、作者の芸術的想念の磁場を形成しながら波動体となって、運慶の二つのまなざしがブレンドし、シェークする。
 僕は、この運慶の二つのまなざしがとてつもない強大な霊力を持つことから、今日の芸術の失われた、というか見落としている芸術と宗教(いやなら精神といってもいい)の両者の交配によって、霊性への道が開かれるのではないかと予測する。縦糸を芸術、横糸が宗教、その両者が交差するところに霊性が生じるのでは……。
    ◇
 かねこ・ひろあき 47年生まれ。興福寺国宝館館長。元東京国立博物館副館長。『仏像のかたちと心』など。