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百年泥 [著]石井遊佳

[評者]斎藤美奈子(文芸評論家)

[掲載]2018年02月11日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■突飛な町のカオスを濃密に実感

 南インドのチェンナイには月光仮面が走り回っていた。え、ええーっ! なんちゅう突飛(とっぴ)な町や。
 石井遊佳『百年泥』の中ではしかし、そのくらいの光景は珍しくもないのである。月光仮面の正体は、大気汚染から呼吸器を守るため、スカーフで頭をぐるぐる巻きにした上からサングラスをかけ、スクーターに乗った女性たちだった。
 日本語教師としてチェンナイのIT企業に雇われた語り手の「私」は、教室でも英語とタミル語と日本語が混在した若きエリートたちの突飛な話を聞かされて、頭を抱えることになる。
 「せんせー、ユーチューブに『レッツスピークにほんご!』、しりますか」。「せんせい! あにはせんげつ、かわさきにマクドナルドいきました、いまはたらきます」。正座という語を教えるためにその姿勢をとれば「それは体罰(パニッシュメント)ですか」。相撲は日本のレスリングと教えれば「私のちちは村(ビレッジ)でくまとすもうをとりました」。はい? 熊と相撲を取るって、あんた!
 混沌(カオス)とはこういう状態かと、あなたも絶対、実感できる。
 アダイヤール川を襲った100年に一度の洪水。雨期に入る前は典型的な都会のドブ川だった。洪水の後は橋の中央を走る道の両側に熊手で集めた雪かきならぬ泥かきの成果としての泥の山が橋の端から端まで500メートルも続く。
 〈百年ぶりの洪水ということは、それは一世紀にわたって川に抱きしめられたゴミが、あるいはその他の有象無象がいま陽の目を見たということだ〉
 複雑な家庭で育ち、子どもの頃は無口で、母は「人魚」だったという「私」。川底で攪拌(かくはん)されてねっとりとむれた匂いを放つ「百年泥」の中にはすべてが溶け込んでいる。行方不明だった人物も人々の記憶も「おおさかばんぱくのメモリアルコイン」も。濃密な泥ならぬコンクジュースみたいな小説。これがデビュー作って、ちょっとまいるな。
    ◇
 いしい・ゆうか 63年生まれ。日本語教師。本作で新潮新人賞、芥川賞を受賞。インド・チェンナイ市在住。

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