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「核戦争の瀬戸際で」書評 対話と抑止を両立させる意義

評者: 立野純二 / 朝⽇新聞掲載:2018年02月18日
核戦争の瀬戸際で 著者:ウィリアム・J.ペリー 出版社:東京堂出版 ジャンル:社会・時事・政治・行政

ISBN: 9784490209785
発売⽇: 2018/01/10
サイズ: 20cm/318p

核戦争の瀬戸際で [著]ウィリアム・J・ペリー

まるで、けんかにはやる子どもたちを諭す老教師の光景だった。90年代末、米議会で北朝鮮政策を語ったウィリアム・ペリー氏の姿を私は今も思いだす。
 脅しに屈するのか。なぜ敵と対話するのか。いらだつ議員たちの問いに、元国防長官は噛(か)んで含めるように、対話と抑止を両立させる意義を説いた。
 北朝鮮を孤立させれば崩壊すると信じるのは希望的な観測に過ぎない。米軍の態勢を維持しつつ、相手の真意を探る。それが当時、「ペリー・プロセス」と呼ばれた政策の肝だった。
 20年後の今、北朝鮮問題は再び危機を迎えている。核をめぐる緊迫の度ははるかに増したが、為政者たちの思考は同じ轍(てつ)を踏んでいるようにしか見えない。
 日米両首脳は、ひたすら圧力を連呼し、トランプ大統領は「核戦争」まで口にした。米政権は「使いやすい」小型の核弾頭を開発する戦略も発表した。
 人類の破滅を憂える想像力が、なぜここまで失われてしまったのだろうか。
 核問題の最前線に立ち続けた、90歳の回想録はまさに時宜にかなう。東京と那覇の焼け跡を起点に、冷戦の核競争、キューバ危機、旧ソ連の核解体などに取り組んだ教訓をたどる。
 核ミサイルをめぐる誤認など相互破壊態勢下の緊張をへて、到達した結論は明快だ。「核兵器はもはや我々の安全保障に寄与しないどころか、いまやそれを脅かすものにすぎない」
 11年前にキッシンジャー氏らと「核なき世界」への提言を発表した。その確信は今も揺るぎない。核攻撃されても国を守れるという発想は絶望的な現実逃避であり、核の危険性は除去できないという信仰を「危険な敗北主義」と断じる。
 トランプ政権の核軍拡にさえ追従する日本政府は、敗北主義の代表格だろう。政治的な強硬論が幅を利かせ、核政策までもがポピュリズムに流される。そんな時代の到来を、私たちはもっと恐れねばならない。
    ◇
 William.J.Perry 27年生まれ。米クリントン政権で93年に国防副長官に就任、94〜97年国防長官。