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トレイルズ 「道」と歩くことの哲学 [著]ロバート・ムーア

[評者]野矢茂樹(立正大教授)

[掲載]2018年03月04日

[ジャンル]科学・生物 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■静かに染み込んでくる探求の旅
 
 アパラチア山脈に沿って三千五百キロに及ぶ自然歩道、それがアパラチアン・トレイルである。著者ロバート・ムーアは五カ月かけてその全行程を歩きとおした。そして彼は、「トレイル」というものそのものについて、考え始める。
 トレイル、それは「道」であるが、むしろ何ものかが移動した跡である。ムーアは、昆虫や動物たちのトレイルを調べ、その目で確かめ、体験し、トレイルについて考えていく。そしてアメリカ先住民たちのトレイルへと探求が進むと、トレイルの意味がしだいに明確になってくる。
 場所は意味をもつ。たんなる空間点ではない。場所には物語がある。そこに何があり、何があったのか。そこで何が起こり、何が起こったのか。現在だけでなく、記憶も神話も、場所と結びついている。そうした物語をつなぐものが、人々がそこを行き来した跡——トレイルなのだ。
 だが、そうだとすると、アパラチアン・トレイルとは何なのか。人はそこに手つかずの自然を求める。しかしそれは、人間たちの物語を抜き去った自然という幻想ではないのか。
 ムーアは結論を急がない。自分の中にあるいくつかの考えを、ゆっくりとバランスをとって最も落ち着く位置に置こうとしているように見える。だから、その探求の旅が私たちにも静かに染み込んでくる。
 トレイルとは、過去の人々から私たちが引き継いでいる知恵だ。それは地面の上に形象化されたものだけではない。そう考えると、私は、自分がトレイルを見失いどこに行けばよいのか分からなくなっているようにも感じる。しかしすぐに、いや、なんらかのトレイルを引き受け、いまもそこを歩いているんだ、と思いなおす。
 かつて一人の禅僧が語ってくれた言葉を思い出す。
 離るべきは道にあらず。——くっついたり離れたりできるようなものは道ではありゃせんのです。
    ◇
 Robert Moor ジャーナリスト、ハイカー。カナダ・ブリティッシュコロンビア州在住。本作が初めての著書。

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