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「ウェルス・マネジャー―富裕層の金庫番」書評 税払わないため、国家との闘争

評者: 諸富徹 / 朝⽇新聞掲載:2018年03月11日
ウェルス・マネジャー富裕層の金庫番 世界トップ1%の資産防衛 著者:ブルック・ハリントン 出版社:みすず書房 ジャンル:金融・通貨

ISBN: 9784622086802
発売⽇: 2018/02/16
サイズ: 20cm/273,45p

ウェルス・マネジャー―富裕層の金庫番 [著]ブルック・ハリントン

 本書は、著者がなんと2年間を費やして研修プログラムに参加し、「内部者」になり切ってウェルス・マネジャー(WM)という、うかがい知れぬ職能集団の調査を遂行した成果だ。さもなくば彼らに警戒され、調査は続行不能だった。
 WMとは、金融・法律上の知識を駆使し、富裕層の資産を保全する専門家を指す。近年、グローバル化/金融化で、より高度な資産管理能力が求められているが、それだけでなく服装、物腰、立ち振る舞い、言語マナーに至るまで、富裕層の文化/規範を完璧に身につけていると示すことが、WMの成功要件だという。さもなくば、富裕層が巨額の富を信頼して預けてくれることなど、ありえない。
 国家による資産課税は富裕層にとって、資産保全上の最大の「リスク」だ。これをどう回避するかが、WMの腕の見せどころとなる。タックス・ヘイブンを利用した租税回避は、必須だ。だが、彼らがそれに成功すればするほど、社会との軋轢(あつれき)は大きくなる。たしかに租税回避は合法かもしれないが、国家に税収損失を与え、富裕層が納めるべき税金を中低所得層に転嫁することになるからだ。
 WMの職業的矛盾が、ここに集中的に現れる。彼らの職業的成功は、必ずしも社会的名声につながらない。彼ら自身、自らへの社会的反感を感じ取っている。それ故に彼らは、税とは「怠惰な貧困者に莫大(ばくだい)な給付を行うために、国家が富裕層に課す法外な要求」であり、「こうした略奪から彼らを守るのが自分たちの使命」だと正当化するのだ。
 彼らが富裕層の世襲財産を守るために築く堅牢な「城壁」が、国家による民主的コントロールの及ばない特権領域を創(つく)り出し、その法的支配を掘り崩していく。本書は、最富裕層と国家の間で、富をめぐる権力闘争が起きており、富裕層が相続財産を永久化し、自らの階級的地位を固めることに、勝利を収めつつあることを告げている。

    ◇
 Brooke Harrington 米ハーバード大で社会学博士号。コペンハーゲン・ビジネス・スクール社会学准教授。