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経済史―いまを知り、未来を生きるために [著]小野塚知二

[評者]間宮陽介(青山学院大学特任教授(社会経済学))

[掲載]2018年04月07日

[ジャンル]経済

表紙画像

■地層に残る「過去の痕跡」たどる

 経済がよくわからない。だから人は経済学のテキストブックをひもとく。あるいはエコノミストの現状分析に手がかりを求める。
 しかし現代の経済を理解する一助として、その由緒来歴を知るという方法もある。すなわち歴史(経済史)的方法である。現代という地表は幾重もの歴史の地層の上に生成した。本書では歴史の地層が、前近代、近世、そして市場経済・資本主義経済が普遍的な経済システムとなる近代、現代に分割され、それぞれの特質と歴史的推移が丹念に記述されている。
 人間は際限のない欲望を持ち、その欲望を満たすために経済成長を追求してきた、という本書の基本的視点は、経済史を単線的・一方向的な発展の歴史と描くかに見えるが、決してそうではない。古い段階は新しい段階によって上書きされるのではなく、新しい段階に履歴や痕跡を残す。資本主義の近代から見ると前近代の共同体的規制は「経済外」的強制であるが、前近代の時点においては「経済内」的強制にほかならず、資本主義が純粋資本主義たり得ない以上は、前近代の痕跡は近代にも残存しているはずである。
 本書の魅力の一つは、特急列車に乗って現代という目的地に向かうのではなく、鈍行列車で各駅停車しながら、歴史を旅するところにある。米国の経済学者ロストウ流の図式的な発展段階論とは違うし、資本主義をテロス(終局の目的)と見る「歴史の終わり」論とも一線を画す。
 社会主義・共産主義の実験を経たいま、資本主義以外の生産様式の実現可能性は乏しい、と著者はいう。しかし同時に、資本主義が万能で万人を幸福にする最良のシステムだと手放しで称揚する人はよほどの「脳天気」でもなければいないだろうともいっている。混迷の時代には伝統の価値が声高に唱えられるが、このような動きにも警戒怠りない。ここから、現代を超える未来にも相応の紙幅が割かれることになる。
 本書は経済史の入門的教科書である。記述は平明、読者を阻喪させる難解な概念の独り歩きがない。しかも話題が豊富で、読む人を飽きさせない。市民革命と市民社会の成立が政治と経済では違った意義をもつという指摘は意表をつくし、資本主義の制度的特徴の筆頭に信用、金融、株式、保険、倒産がおかれているのは経済史の教科書ならでは、と深く納得する。
 近代以前の地層は時として地表に露頭を顕(あらわ)す。これを旧時代の遺物として消し去るのか、それとも現代を理解し改善するためのヒントとするのか。こうしたことを考えることも本書を読む利得だといえよう。
    ◇
 おのづか・ともじ 57年生まれ。東京大教授(経済学)。著書に『クラフト的規制の起源 19世紀イギリス機械産業』、編著に『第一次世界大戦開戦原因の再検討』『自由と公共性』など。

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