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聖書の成り立ちを語る都市―フェニキアからローマまで [著]ロバート・R・カーギル

[評者]出口治明(立命館アジア太平洋大学学長)

[掲載]2018年04月07日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■正典化の歴史を旅する啓蒙書

 世界で一番読まれている本はおそらく聖書だろう。本書は、古代オリエント世界で栄えた都市を旅しながら、歴史が聖書にどのような影響を与えたかを記した一般向けの啓蒙(けいもう)書である。少しでも聖書に興味がある人には、ぜひとも読んで欲しいユニークな1冊だ。
 著者の旅は、フェニキア人の都市ビュブロスから始まる。バイブルの語源となった町だ。その北方の大交易都市ウガリトの主神エルは、旧約聖書に登場する神ヤハウェのモデルになったという説もあるが、もしそうなら、世界を席巻したセム的一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)は、この港湾都市で生まれたことになる。
 破壊と邪悪のシンボルであり続けたバビロン。エルサレムが破壊されユダヤの人々がバビロンに捕囚民として連行されたので、バビロンが憎悪の対象となるのは当然だ。しかし、旧約聖書が文書の体裁をとり始めたのはバビロンの町においてのことだった。捕囚はペルシャのキュロス大王によって終わりを告げた。預言者イザヤはキュロスをメシア(救い主)として歓迎した。ここからメシアを待望する観念が生まれ、イエスに結びついていく。
 アレクサンドリアで聖書はヘブライ語からギリシア語に訳され七十人訳聖書と称されるが、ここで様々な問題が生じた。モーゼの渡った「葦(あし)の海」が「紅海」、イザヤ書の「若い女性」が「処女」と訳されたのである。キリスト教の根幹を成す処女降誕は誤訳から生まれたのかも知れないのだ。
 エルサレムのユダヤ教の聖地、西の壁。紙切れに願い事を書いて壁のすき間に差し込むという伝統があるが、現代ではツイッターなどで代行してくれる。こうしたエピソードの数々が本書を読みやすくしている。
 クムランの洞窟で発見された死海写本は聖書本文の変遷を実証した。旅の最後はローマ。旧約、新約聖書の正典化の作業は、実に4世紀末まで続いたのである。
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 Robert R.Cargill 73年、米国生まれ。アイオワ大助教(聖書学、考古学)。CNNなどで番組の司会も。

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