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「童謡の百年」書評 時代の要請に応えた変遷たどる

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2018年04月14日
童謡の百年 なぜ「心のふるさと」になったのか (筑摩選書) 著者:井手口 彰典 出版社:筑摩書房 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784480016645
発売⽇: 2018/02/14
サイズ: 19cm/309p

童謡の百年―なぜ「心のふるさと」になったのか [著]井手口彰典

 私の本書への関心は、童謡、唱歌に対する日本人のイメージが「心のふるさと」に収斂(しゅうれん)されることへの疑問から来る。本書はそれに丁寧に答えてくれた、というのが正直な感想だ。
 1930年代、駐独駐在武官の大島浩がナチスの高官に気に入られたのは、パーティーの挨拶(あいさつ)で、必ず達者なドイツ語で童謡を歌ったからだという。高官たちはときに涙ぐんだと私は聞いた。童謡を「心のふるさと」と説くのは、国家や民族を問わないのだろう。
 今年は「童謡百年」だという。鈴木三重吉が「赤い鳥」を創刊した年から数えてである。唱歌の誕生からは約135年。この間、童謡、唱歌はそれぞれの時代の国家目標、新メディアの登場などにより、多様な変化をとげた。文語体の口語化、子供より大人が愛唱する時代、テレビ番組「ちびっこのどじまん」など、時代の要請とそれにこたえての変遷を本書は辿(たど)る。そして童謡が、「日本人の心のふるさと」に変化していく過程を分析した。
 大正期、童謡運動の牽引(けんいん)者であった北原白秋は、新しい童謡(大正期の創作童謡)と在来の童謡(わらべ唄)には、日本の伝統に連なる一貫性が必要だと主張し、「郷愁」が重要だと指摘する。大人も魅(ひ)かれるのはその点で、「兎(うさぎ)追いしかの山 小鮒(こぶな)釣りしかの川」なのであり、その記憶に涙を流すのであろう。
 童謡史において大正期は重い意味をもつ。北原は、子供は無垢(むく)であるだけでなく、残虐性をもちあわせていると説く。それが彼の作詞した童謡「金魚」(「赤い鳥」大正8年6月号に掲載)に表れている。母親が外出して戻らないことへの悲しみから、子供が金魚を殺す。残酷だとの批判に、主題は「母への思慕」だと説明している。
 童謡の両面を正確に見据えた記述は、一面しか見ない視点より広がりをもつ。国家権力が示すナショナリズムと一体化する童謡の危険性も浮かびあがる。
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 いでぐち・あきのり 78年生まれ。立教大准教授(音楽社会学)。『ネットワーク・ミュージッキング』など。