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石を聴く―イサム・ノグチの芸術と生涯 [著]ヘイデン・ヘレーラ

[評者]椹木野衣 (美術評論家)

[掲載]2018年04月14日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■孤独を代償に、自由を武器に

 イサム・ノグチの凄(すご)さを初めて実感したのは、札幌の郊外にあるモエレ沼公園を訪ねた時のことだった。ノグチはすでに鬼籍に入っていたが、未完ながらその全容は着実に姿を現しつつあった。
 驚いた。一見してはただ広いだけに見えた公園の敷地が、歩を進めるにつれ、生き物のように表情を変えたからだ。私は初めて、ノグチが大地そのものに命を吹き込もうとしているのに気がついた。
 そのノグチが亡くなって、今年でちょうど30年にあたる。すでに昨年あたりから、ノグチにまつわる書籍がにわかに目立つようになっていたし、今もまとまった展覧会が国内を巡回中だが、ノグチがそんなに破格の芸術家だということが、まだまだしっかりと伝わっているとは思えない。彫刻におけるモダニズムの最も正統な後継者くらいに考えられていないだろうか。けれども、ノグチにとっての彫刻とは「まったく目に見えず、重さがない」「いたるところに出現し、時を忘れてぼくたちがそれを聞くとき、それを見るとき、認識として明晰(めいせき)にそれを知る」のであり、もっと言えば「全世界はアートだ」とまで断言される性質のものだった。
 本書は、そんなノグチの生涯を、これまでの成果をふまえ、もっとも総合的に綴(つづ)った決定版の評伝と言える。のちに国粋主義者となる詩人の野口米次郎と、ギリシャ神話を好んだアイルランド系アメリカ人のレオニー・ギルモアを両親にロサンゼルスで生まれ、父を追って来日するも受け入れられず、父とも父の国とも終生、摩擦の絶えなかったノグチ。戦時下では日系アメリカ人として進んで強制収容所に身を置き、晩年にはアメリカを代表する20世紀最高の彫刻家としての名声を得ても、なお癒えないアイデンティティーの危機に晒(さら)され続けたノグチ。そんなノグチが、行き詰まると国籍や歴史とは無縁の石の声に耳を傾け、最後には石の中へと還(かえ)ろうとしたのは、なかば必然であったのかもしれない。本書の随所で顔を出すギョッとさせられる性の奔放も、生殖と家や国家を切り離そうとする渇望に発していたのではないか。
 だが、所在を定めず、いつも旅の渦中にあり、孤独を代償に自由を武器とするその生き方は、むしろ私たち21世紀を生きる者の規範となりつつある。日本でノグチの遺灰の一部を納めた石=墓からは瀬戸内を望める。もとはゴミの集積地であったモエレ沼公園のある札幌と、かつてその恩恵が忘れられつつあった瀬戸内が、いま旧来の美術館に代わる新しい時代の国際芸術祭の舞台になりつつあるのも、歴史の影に半身を置き続けたノグチの導きかもしれない。
    ◇
 Hayden Herrera 米国・ニューヨーク在住の美術史家、キュレーター。ニューヨーク市立大で博士号を取得。邦訳された著書に『フリーダ・カーロ 生涯と芸術』『マチスの肖像』。

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