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不染鉄之画集 [著]不染鉄

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2018年04月28日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■幻の天才画家に胸がざわつく

 没後40年の闇の底から「幻の天才画家・不染鉄、現る」というキャッチコピーと、「有名になれず こんな画をかくようになっちゃった だけどいヽよねえ」という作者の弁。この二つの言葉がこの作者の全てを物語っている。
 今まで一度も聞いたことのない「不染鉄」という画家の名は、日本美術史の文脈にはほとんどその姿を現さなかったが、昨年、彼の集大成ともいえる個展が東京ステーションギャラリーであり、初めてその全貌(ぜんぼう)にお目にかかり、驚天動地(やゝオーバー)。以来、僕の胸をざわつかせ続けている。確かにメジャー作家としての運はなかったが、その道の権威ある展覧会では受賞を重ねている。
 東京で生まれ、村山槐多(かいた)や上村松篁(しょうこう)らと親交を持っていたにもかかわらず、やや蚊帳の外? そんな不染鉄は次第に自信を失(な)くし、寂しい心情を「心細いのを涙が出そうなのを画にかいてやろう」と決意するが、一方放蕩(ほうとう)も続け、深川洲崎の花街通いを始める。その途上で知り合った妻と共に伊豆大島へ向かい、居を構えるが、病弱の妻を残して単身京都へ。1年後に「京都にいる」という便りを妻に送る。その後も各地を移動しながら自らの芸術の研鑽(けんさん)に努力する。後に記憶で描いた回想の伊豆大島の漁村風景は傑作だ。
 漁村ののどかでおおらかな開けっぴろげの生活に、超自然的な海底風景を重層させたトランスピアランス(透明)的異相空間。そんな「お伽噺(とぎばなし)」のような夢幻境域には観(み)る者の想像力を刺激する力がある。僕の空想はアニメ「崖の上のポニョ」の海底に没した家の辺りを回遊する魚群のファンタジーの世界へと誘(いざな)われるのだった。
 84歳の生涯を締めくくる最晩年の浄土的作品は、終(つい)の棲家(すみか)となったあばら屋で描いた仏画を彷彿(ほうふつ)とさせる闇と光の交差した交響楽のようなズッシリとした作品で、伊豆大島の漁村や富士山を描いた牧歌的な記憶の風景画とは一線を画する。死を間近にした老画家が垣間見た浄土への憧憬(しょうけい)風景になっているからだろうか。
 さらに漆黒の闇の中を走る夜行列車の灯(あか)りが並んだように佇(たたず)む民家のゾクッとする怪しさと、一方、薄日、雨の降る中にずらっと並んだ地蔵群はまるで集合記念写真のようだ。
 そんな仏画的絵画と対をなすような黄金に輝く、金粉を頭からかぶったような極楽浄土「落葉浄土」や「いちょう」と題するゴージャスな絵画空間を形成する。それがどことなくエロティックなのは、巨大なイチョウの樹(き)の黒い無数の枝がメドゥーサの蛇に見えて、それらがからみ合っている姿に祝祭的な性の饗宴(きょうえん)の凄(すご)さを見てしまうのは僕の妄想なのかしら。
    ◇
 ふせん・てつ(1891〜1976)。画家。19歳で日本画家山田敬中の門下生に。1919年、第1回帝国美術院展覧会で初入選。その後、各展覧会で入選を重ねる。代表作に「海村」など。奈良県で死去。

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