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Ibasyo〔いばしょ〕―自傷する少女たち“存在の証明” [著]岡原功祐

[評者]野矢茂樹(立正大教授)

[掲載]2018年05月12日

[ジャンル]社会

表紙画像

■死ぬためでなく、生きるために

 居場所のなさという感覚は微熱のようにかすかではあるけれどもつねに私にまとわりついていた。それが私の中で増幅されることはなかったが、居場所を失い、どこに手を伸ばしていいかも分からずにいる人たちの話に触れて、共鳴しはじめる。
 本書は自傷行為を繰り返す女性たちに取材したドキュメンタリーである。木部ちゃん、ゆか、凪(なぎ)ちゃん、さゆり、ミリ。目をそむけたくなる痛ましい状況の中で、死ぬためにではなく、生きるために、血を流す。それは私には容易に理解できることではない。
 だけど、彼女たちは理解すべき対象として本の向こうにいるのではなく、本を通して、私の心の襞(ひだ)に入り込んできた。木部ちゃんを支える男性がいる。二人の間に赤ちゃんができて、結婚する。赤ちゃんができたことで彼女は自分を傷つけなくても生きていけるようになった。その口から「幸せ」という言葉が聞けたとき、私は泣きそうになった。
 なんでこんなにも素直に私の中に入り込んでくるのだろう。それは著者、岡原さんの取材の姿勢のせいであり、なによりも彼の人柄のおかげに違いない。岡原さんは写真家である。自傷行為を繰り返す人のドキュメンタリーを撮影するにあたって、岡原さんは彼女たちの生活の中に入り込んでいく。つらい話を聞くだけではなく、雑談をし、ときに一緒にぼーっとテレビを見たり、ゲームをしたり、そしてときに薬を過剰摂取したと連絡を受けて駆けつける。そこには、特別な、しかし自然な関係ができていく。こんな言い方をするとつまらないかもしれないが、岡原さんはなんだかとても、いいやつなのだ。
 彼女たちは、取材を引き受けた動機を「自分を見つめ直したいから」、「同じように苦しんでいる人たちの役に立ちたい」と語る。無力感にうちのめされながらも、出口を求めて体を動かそうとする気持ちが感じられる。凪ちゃんはうつになり、食べたものを戻し、自傷を繰り返し、それでも働こうとする。おそらくそこに、救われる可能性がある。
 岡原さんはそんな彼女たちのこれまでと今を、共感に満ちていながらも抑制のきいた、誠実な文章でつづっていく。挿入された写真も、中にはショッキングな写真もあるが、煽(あお)るような姿勢はまったく見られない。
 なぜ、自傷行為を——死ぬためにではなく、なんとかしてかろうじて生き延びるために——繰り返したのか。本書はその問いに答えてはくれない。しかし、この本が確かに私たちに差し出すものがある。それは、彼女たちの人生の重みだろう。
    ◇
 おかはら・こうすけ 80年生まれ。写真家。2010年、写真「Ibasyo」でW・ユージン・スミス・フェローシップ受賞。写真集に『Contact#1』『Fukushima Fragments』など。

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