
[掲載]2009年5月23日朝刊be
■ルポルタージュ文学の原点
最近は「ルポルタージュ」という言葉をあまり聞かなくなった気がする。改めて辞書を引くと(1)「報道、現地報告、探訪」(2)「社会の出来事を作為を加えないで叙述する文学様式」などとある。
同じような意味で「ノンフィクション」という言葉もあるが、開高健が残した「ベトナム戦記」「オーパ!」などのフィクションではない傑作群は、やはりルポルタージュの呼び名がふさわしい。「開高健ノンフィクション大賞」も、「ルポルタージュ大賞」に改称して欲しいくらいだ。
今回取り上げた作品は、新聞小説として62年に発表されたフィクションだ。ただ冤罪事件として知られる「徳島ラジオ商殺し」に取材し、虚構ではなく、現実を伝えることに執筆の狙いがあったことを著者が認めている。この3年後、ベトナムの戦場へ赴いて確立させたルポルタージュ文学の原点と言っていい。
ぬれ衣を着せられる被害者の妻や、検察に偽証を強いられる2人の少年が哀れだ。救いは、冤罪を証明するために奔走するおいっ子の昼あんどんぶり。救いなき現実を描きながら、人間くささが漂うところに、いい意味で文学を感じる。(坂本哲史)
■もっとはまりたい人へ 書店員のおすすめ
ブックファースト新宿店(文庫・新書担当) 中村亜美子さん
〈1〉冷血 [著]トルーマン・カポーティ [訳]佐々田雅子
〈2〉慟哭(どうこく) 小説・林郁夫裁判 [著]佐木隆三
〈3〉裁判官はなぜ誤るのか [著]秋山賢三
紀伊国屋書店新宿南店(新刊担当) 佐藤雄介さん
〈4〉左手の証明 [著]小澤実
〈5〉「冤罪」を追え [著]朝日新聞鹿児島総局
現実に起きた事件に取材した文学の金字塔となった〈1〉。ただ原著の発表は65年で『片隅の迷路』より遅い。著者自身は「ノンフィクション・ノベル」と呼び、後の「ニュー・ジャーナリズム」に多大な影響を与えた。「2人の殺人犯の、あまりに幼稚で短絡的な犯行は現代日本で頻発している無差別殺人をほうふつとさせる」と、中村さん。
〈2〉は日本のノンフィクション・ノベルの旗手ともいえる著者の作品。地下鉄サリン事件の実行犯ながら、すすんで事件の全容を供述したことで「自首」が認められ、無期懲役刑が確定したオウム真理教元幹部の裁判を題材とする。目立ったフィクション化はないが、事実経過そのものがドラマチックで、「小説的な手法」を取らざるを得なかったと、著者はいう。
21日からは裁判員制度が始まった。今後は国民なら誰しも、「冤罪」に加担する可能性が生まれた。元判事による〈3〉は、99%を超える日本の刑事裁判の有罪率の高さに注目し、冤罪が起きる仕組みを解き明かす。
〈4〉と〈5〉は、冤罪事件を取り上げたノンフィクション。〈4〉が扱う痴漢事件は、通勤電車を利用する会社員としてひとごとではないが、無罪を勝ち取るポイントまで整理されていて親切。
公職選挙法違反で逮捕された12人が、後に無罪判決を受けた鹿児島県議選買収事件の内幕を描く〈5〉。「身内」の本だが、「事件に疑問を抱いた記者たちが捜査関係者に食い込み、裏づけを取り、報道していく過程には、いったん固めた事件の筋をかたくなに守り通そうとする警察権力の恐ろしさが余すところなく描かれる」(佐藤さん)と、推薦してもらった。
著者:開高 健
出版社:東京創元社 価格:¥ 924
著者:トルーマン カポーティ
出版社:新潮社 価格:¥ 940
著者:佐木 隆三
出版社:講談社 価格:¥ 700
著者:秋山 賢三
出版社:岩波書店 価格:¥ 735
著者:小澤 実
出版社:ナナコーポレートコミュニケーション 価格:¥ 1,575
著者:朝日新聞社鹿児島総局
出版社:朝日新聞出版 価格:¥ 1,575