日本の企業がダメだなと思わされるのは、「企業トップの薦めるこの一冊」みたいな特集で、司馬遼太郎や城山三郎の歴史モノが軒並み挙がってくるところだ。その一冊に文句つけるんじゃないが、これ『別冊ダイヤモンド特集戦国武将に学ぶ経営哲学』と同じだろう。そんなに好きかサムライが。
サムライの実態というものを、私は『薩摩の秘剣』で知った。鹿児島に縁のある島津さんという宮司さん(東京育ち)が、故郷の剣である「野太刀自顕流」(幕末時代劇で「チェストー!」と叫んで木刀振ってるあれ)を習得する話を書いているのだが、これがすごい。剣を習得するのに、まずは薩摩琵琶から始めないとダメなのである。それも、琵琶の師匠は、島津さんが「鹿児島育ちではない。鹿児島弁をしゃべらない」ことに難色を示す。薩摩琵琶ってネイティブ鹿児島弁スピーカーじゃないと正式に習得したってことにならないそうですよ。というか、薩摩琵琶の精神は鹿児島弁に宿るらしい。で、「薩摩琵琶の呼吸は、自顕流と同じだ」そうですよ。
剣術やりたいのにまず琵琶同好会に入ったりする曲折を経て(しかしご本人は曲折とは感じておられない様子。そうでなきゃ「やってらんねえ!」となってこんな本なんか書いてないだろう)、やっとのことで剣術デビューを果たす。その修行も精神修養的なものがたいへん多い。道場に入る時は蹲踞(そんきょ)で礼をして、という写真が載ってるがこれが蛙にしか見えない。蛙でも良いのだが、剣術に有効性のあるポーズとは到底見えない。なんだかなあ。幕末から数えても何百年も前に、織田信長や楠木正成にこういう精神剣術は完膚無きまでにヤラレてるんじゃないのか。
企業トップがサムライを好むのはそもそもダメだと思うし、ホンキでサムライ精神を信奉するなら薩摩琵琶やって蛙のポーズするぐらいの気概があるかといえばそんな気もないだろうし、どっちにしろダメだ、ああいう人びとは。ということをよくわからせてくれた『薩摩の秘剣』でした。