■ミクロで見る戦前日本の生活
本書にも引用されているが、昭和初年の詩篇「丸善階上喫煙室小景」において、宮沢賢治は当世風の学生像について皮肉をこめて描いている。遊びと学業、迫りつつある就職戦線、そのいずれにも執着して焦りのうちに短い学生生活を過ごし、その営みが「それがあすこの壁に残って次の世紀へ送られる」と結ばれる。
そしてこの「小景」は、まさに「次の世紀」である現在に送られた観がある。
1930年代の日本というと、世界恐慌の余波を受け、相次ぐ小作・労働争議、やがて軍部主導のファシズムへと傾斜していく暗い世相がまず目に浮かぶ。しかしながら市民生活の襞(ひだ)に分け入ってみると、昇給の率や家賃の値上げに一喜一憂するおびただしい俸給生活者の姿があった。
折から満州事変に端を発する軍需景気によって好転した経済が、娯楽と奢侈(しゃし)への関心を広げていく。敗戦後の経済復興における目標が、昭和8年の水準に回帰することに置かれた通り、都市の俸給生活者を中心に見た場合、戦前期の日本には束の間の安定した時代があったのである。
本書はこの、危うさを秘めながら、おおむね太平洋戦争開始まで命脈を保った俸給生活者の生態を会社勤めから、官僚、タクシー運転手、さらには職業軍人、「デパートガール」に到るまで、ミクロ的な視野で追っている。要所に配された内田百けん、野上弥生子、加太こうじなど、この時代を冷たく観察できた人々の言葉が精彩を放つ。俸給をはじめとする細かな統計のほか、もりそば10銭、ソフト帽7円など、ひとつひとつのモノ価格と、その変動が彼等の表情まで映し出す。
著者はこれらの受動的かつ小心翼翼とした俸給生活者の意識が、やがて「暗黙の戦争支持」を行う層を形成していったと、末尾でしっかりと釘を刺す。
バブル崩壊後、新たな「ナショナリズム」が台頭しつつある現在との対照という点で、優れた警句となっている。