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ここから本文エリア 新書の穴 慶州は母の呼び声 [著]森崎和江[掲載]週刊朝日2007年01月26日号 ■引き裂かれた郷土の原像 懐かしさをもって思い出される特別の場所、と故郷を定義するなら、帝国主義下の日本は植民地を故郷とする多くの人々を生んだ。これらの回顧談は素材となった場所を問わず、戦後数多く活字化されてきたが、深い思索によって自らの郷土を捉えた点で、本書は群を抜いている。 1927年、朝鮮で生まれた著者は女学校を卒業する前後まで、人生で最も貴重な時期をこの地で送った。幼年期の自分を背負ってくれた朝鮮人のネエヤの髪の匂い、そのネエヤが嫁に行ったときの悲しさなど、いずれも素直な眼で捉えられた故郷の風景である。 著者の父は研究者への道を半ば約束されていながら、経済的な事情により植民地の中学校に職を求めるに到った。そして植民地支配の欺瞞を感じながら、一教育者として何ができるかを模索し、朝鮮人の反日意識と日本の憲兵による監視の挟撃を受ける。こうした父の姿を小さい頃から目の当たりにした著者の眼差しは、やがてこの土地への愛着と、この地に暮らすことへの「後ろめたさ」という形で引き裂かれていく。 本書の特色は著者が自らの郷土の原像を敢えて引き裂かれたものとしてしっかり受け止めたことにある。大戦末期、近隣の人々が夜中、秘かに王陵に行き、日本の敗戦を祈っていることを自家に出入りしている少女から聞き、互いに黙契を交わした出来事や、女学校の生徒全員が行事で校庭へ向かう間隙をぬい、少数の朝鮮人の同級生同士がふいに朝鮮舞踊の姿勢をとり嘲笑を込めた朝鮮語をやりとりした一瞬を描く視点は、そうした過程から生み出されたものであろう。 この視点は戦後になって、著者がもうひとつの母国である日本においても自らの居場所がないという姿勢を貫くことによって、いっそう重みを増していく。 原著は1984年刊行だが、今回新書版となるのを機に、著者とほぼ同時期に朝鮮で幼少時代を過ごした『ゲド戦記』の訳者・清水眞砂子氏が懇切な解説を加えている。
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