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新書の穴

処女懐胎─描かれた「奇跡」と「聖家族」 [著]岡田温司

[掲載]週刊朝日2007年03月02日号
[評者]青木るえか

■長年苦しんだ末の解釈いろいろ

 『処女懐胎』。この本を小学校6年生の時に買って読んでいたら、きっとクラスの男子に「やらしー本読んでるー!」とか叫ばれるだろう。この年代の男子ってのは、ちょっとでもエッチの匂いを感じさせるコトバには敏感なのだ。処女&懐胎ときたらもう、大騒ぎである。

 なんとなく、タイトルを見てそんなことを思いながら、手にとって読んでみたこの本。

 ほんとにエッチだった。

 いや、エロ本なんていうのではない。真面目な本だし、筆致もクールというか論文調だ。

 しかし、真面目でクールであればあるほど、キリスト教における、マリアが男とやったことがないのにキリストを産んだ(ということになっている)ことについての、長年苦しんだ末の解釈いろいろが、実に性的に生々しく迫ってくる。

 何枚ものキリスト教絵画を見ながら、処女がいかに懐胎したのか(についてのムリヤリな解釈)が次々と示される。そして、その絵画を見ても、キリストを産むマリアのいる天幕は子宮を象徴しているとか、神のお告げが光の束のようになって下腹に突き刺さっているとか、それはもう、いかにキレイにセックスというか生殖行為を絵にするか、というムリヤリを激しく感じさせるものになっている。こういうことを大まじめにやっているキリスト教というのはたいしたものだと思わないわけにはいかない。摩耶夫人の脇の下から生まれた釈迦、なんておいしそうなネタなのに、そのまま放置している仏教はもうちょっとどうにかしてほしい。

 さてこの本で私がすごく印象に残ったのは、「マリアが本当に処女のままキリストを産んだのかどうか確かめるために下腹部に指を入れた女が神罰によって手を焼かれた」というエピソードが聖書の外典に載ってる、ということだ。

 女体に詳しくないのですが、処女膜(ってことですよね?)って、指入れてわかるもんなんですか?それに出産したら処女膜は破れるのでは?

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