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新書の穴

読書の腕前 [著]岡崎武志

[掲載]週刊朝日2007年05月04日-11日合併号
[評者]鶴見太郎

 『徒然草』にはしばしば「その道を知れる者」として、身分にかかわりなく専門の職業・技能に通じた人々が登場する。現在から見てもそのひとつひとつが、納得のいく知恵を提供してくれる。

 例えば、あえて切れすぎる刀を使わず、少し鈍い刀を選んだ工匠。登った木から降りる時、高所よりもむしろ軒ほどの高さの方が油断して事故が起こりやすいとした植木職人。さらには勝負の秘訣として勝つよりもまず、負けないことを念頭に次の一手を考えた「双六の上手」。

 「万に、その道を知れる者は、やんごとなきものなり」の言葉が示す通り、『徒然草』の魅力のひとつは、自分の力で身につけた技能こそ、後々まで伝えられて行く価値があることが明快に説かれているところにある。これら達人の群像は、遁世したものの世間の動向が気になって仕方がなかった兼好にとって、自分の洞察力を磨く時、絶えず手許にあったはずだ。

 さて、本書には到る所に「読書の達人」として著者が日頃心がけている様々な知恵と技術が披瀝されている。起伏に富んだ読書遍歴を素材にしているだけに、説得力があるばかりでなく、実際に使いこなせる確かさがある。

 短期間に数十万部売れた本は、その熱が冷めて時宜的な価値を失った数年後に読むと、かえって時代の持つ空気がよく分かるとする独自のベストセラー論はもとより、地方の古書店で掘り出し物に出合う喜びを説く「ご当地本」の魅力、文庫本を読み継ぐうちにふと気付いた「解説の名手」としての山本健吉像など、いずれもその道に通じた者ならではの指摘である。

 これらのエッセンスはそのまま、気鋭の書評家として活動する現在の著者にしっかりと刻印されている。しかもそれら達人振りが決して高みに立った物言いでない。本書で随所に登場する同好の士たちとの長きにわたる無私の交歓が、そのまま誠実な読書論へと結実している。それはまた、「道」を知っている者の到達点のひとつでもある。

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