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新書の穴

ドストエフスキー―謎とちから [著]亀山郁夫

[掲載]週刊朝日2008年02月08日増大号
[評者]海野弘

■ソ連解体後の「大きな物語」としてのドストエフスキー

 古典や歴史においてはファイナル・アンサー(最終結論)はない。つねに現代の時点で読み直されなければならない。しかし、古典や歴史はしばしば最終的評価にまつり上げられて、忘れられる。

 ロシア文学の古典であるドストエフスキーも忘れられ、ロシア文学も閑古鳥が鳴いていた。この本の著者は、『カラマーゾフの兄弟』の新訳によって、ドストエフスキーへの新しい興味をもたらしてくれた。昔、ロシア文学をかじったことのある私にとってもうれしいおどろきだった。

 この本は、ドストエフスキーについてすでにいくつかの本を書いている著者の、それらのまとめとしての語り下ろしであるという。それだけに、広大なドストエフスキーの世界をわかりやすく、胸のすくように解釈してくれる。

 これを読むと、まさにソ連解体後のドストエフスキー論という気にさせられる。私などは、その前の世代であるから、イデオロギーへのこだわりやアレルギーがあり、あまり自由ではなかった。だから著者の自由さがうらやましいくらいだ。

 単純化していうと、私はポスト・モダン風なドストエフスキーの読み方をしていた。つまり大きな物語が壊れたと見て、ディテールを都市論風に読んだりしていたのである。

 しかしここでは、フロイトや(おそらく)ラカンなどの方法を駆使しつつ、大きな物語として読み直そうとしている。その試みは刺激的だ。複雑なドストエフスキーの作品が明快に読み解かれてゆき、一気に、物語を現代的なものにしている。

 特に、〈秘密結社〉ということばを読解のキーワードとしていることは、秘密結社評論家(?)としてはうれしくなる。

 この見通しのいい、新しい読み方によって、私たちはドストエフスキーの世界への入口に招かれる。そこからぜひ、実際に作品を読んでほしいと思う。おそらく著者もまた、そのことを望んでいると思われるから。

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