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新書の穴

南京事件論争史―日本人は史実をどう認識してきたか [著]笠原十九司

[掲載]週刊朝日2008年02月22日号
[評者]海野弘

■「ドロ仕合」があっても〈歴史〉はゆっくり進んでいるのだ

 この本を読むと、つくづく、歴史を明らかにすることの気の遠くなるような長い道のりについて考えさせられる。

 1937年、日本軍が南京を占領した時、虐殺事件があったと伝えられた。そして東京裁判において、〈南京事件〉への有罪の判決が出た。そして70年が過ぎた今も、〈南京事件〉は、まぼろしであったとする説がくりかえし蒸し返されている。

 すでに当時の関係者がほとんどいなくなっているから、論争は、直接は事件を知らない世代に持ちこされている。そして、ほとんどの人にとっては、事件は関係ないものであり、どんな事件であったのか、ほとんど知らない。

 この本は、そのような今の状況に対して書かれたものである。

 「本書を読んでいただけば、いわゆる『南京大虐殺論争』が『どっちもどっち』といった『ドロ仕合』ではなく、日本の民主主義のありかたにかかわる深刻な問題であることがおわかりいただけたと思う」(本書あとがき)

 〈南京事件〉についての戦後の論争をたどったこの本は、日本の戦後史が、あの〈戦争〉の責任をきちんととらえてこなかったことを明らかにしている。ドイツとの比較も参考になる。

 70年たっても、あの戦争の怨霊が私たちを悩ませている。だがそこで一つ救いなのは、論争の中でやっと、事件の基本的な資料がまとめられ、公開されつつあることだ。

 その地道な仕事をつづけられている方々に頭が下がる。初期に発表された事件の様相は、決して完全なものではなかったから、それを少しずつでも訂正してゆく歴史研究が確実に進んでいることを、この本から教えられた。

 ともすれば、その場だけの批判のドロ仕合に私たちは目を奪われてしまいがちであるが、その中でも、〈歴史〉はゆっくり時をかけて、新しい歴史を書きつつあるのではないだろうか。その時、私たちは、アジアの人々との共通の〈歴史〉を持つだろう。

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