[掲載]週刊朝日2008年3月21日増大号
■今日の観光旅行はゲーテたちが始めたのだ
このごろ、新書でも、カラー図版の入った視覚的にも楽しめるものが出てきた。この本もその1冊で、ゲーテの『イタリア紀行』を忠実にたどりながら、多くの写真をちりばめている。
ちょうどロマン主義について考えていたのでこの本を手に取った。ロマン主義は、18世紀末から19世紀初めにかけて起こったが、私たちの近代社会のはじまりを映している。たとえば、ゲーテは1786年9月から1788年まで1年10カ月ほど、イタリアを旅行しているが、これは今日の観光旅行のはしりであった。彼はイタリアの遺跡を見てまわっている。名所旧跡めぐりで、今の観光コースとあまり変わらない。ゲーテが感動するのは廃墟である。特に古代ローマの廃墟に彼は感動する。
ガルダ湖のほとりの古城をゲーテがスケッチしていると、スパイではないかと疑われる。彼は「美しい廃墟を写生しているにすぎない」と弁明し、あやしい者ではないことをなんとか認めてもらう。このエピソードは、〈美しい廃墟〉を見に行く、といった観光旅行が、まだ理解されていない時代を示している。
ゲーテは、ワイマールでのお役所仕事に疲れて、こっそりイタリア観光旅行に出かける。そして〈美しい廃墟〉の建築や美術をひたすら見て歩き、イタリア人との社交的なつき合いもできるだけ避ける。『イタリア紀行』はその記録なのである。
今でこそ私たちは、古びた城、寺、自然などを見てまわるのであるが、そのように〈廃墟〉を美しいと感じる感覚は、ロマン派の詩人たちによって見出されたものである。
この本は、ゲーテのイタリアの旅をたどり、ゲーテの見た風景を写真で見せてくれる。すぐれたガイドに導かれて、まるでゲーテと一緒に歩いていくように、イタリアの旅へ誘われていくのだ。
ゲーテの時にはスパイと疑われていた観光旅行を私たちは今、こんなふうに便利に楽しめるようになったのだ。
著者:牧野 宣彦
出版社:集英社 価格:¥ 1,260
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