[掲載]週刊朝日2009年11月6日増大号
■かつて日本人の多くは共感覚者だった
共感覚、というのをご存じか。文字や音に色が見えたり、音に匂いや形が伴ったりする特殊な感覚のことだ。10万人に1人とも2万人に1人ともいわれ、圧倒的に女性が多い。著者は数少ない男性共感覚者で、さまざまある共感覚のほぼすべてを保持するまれな存在でもある。その驚くべき感覚世界を詳細に語っている。
音楽を聴くと、例えばこんな具合。前方に浮かんだ青緑色のボールが黄土色の直方体になり、背中をぐるりと回って群青色のカーテン状のゆらめきに変わる。お菓子を食べるとその味は「ト長調の薄い黄色の味」。人を見るだけで、その人に触れる感覚も得るという。
ト長調? 薄い黄色? なんだってこんな不思議な感覚が起こるのだろう。本書が実に衝撃的かつ独創的なのは、その謎を解くカギを科学にではなく、日本の古典文学の中に探していることだ。
幼いころの著者は、日常の日本語に自分の感覚を正確に言い表す言葉がなく、もどかしい思いをしていたという。だが古典に出会ったとき、そこにある言葉や表現がまさに共感覚にふさわしいものであることを発見する。風や女性の姿にうつろう色を重ねる、和歌などに繰り返し現れるそういう独特の表現は比喩ではなくて、当時の人々が感じたそのままではなかったか。
文字の原義から色彩感覚、日欧の文化まで幅広く検証して、明治より前の日本人の多くは共感覚をもつこと、共感覚がなぜ存在するのかという核心までたどりつく。
面白いのは「唇の色が外性器の代わりに女性の身体情報を示す」という動物学の学説の話。共感覚的体験から言えば、これは間違いではないと著者は言う。ああ、と合点がいった。平安の貴族社会では「女が男に顔を見せること」は「性的関係をもつこと」を意味するのだ。これは偶然なのだろうか。
どの学問も提示しなかった日本人像。古典の知識も科学の常識もがしゃん、ばりんと音を立てて姿を変える。なんたる刺激。読み終えて、ほうっとため息が出た。
著者:岩崎 純一
出版社:PHP研究所 価格:¥ 756
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