戦後60年おすすめの本 ノンフィクション(野村進さん)
- (1)鞍馬天狗のおじさんは 竹中労著、ちくま文庫・924円。76年刊
- (2)下下戦記 吉田司著、文春文庫・絶版。87年刊
- (3)誘拐 本田靖春著、旬報社『本田靖春集1』収録・3990円。77年刊
- (4)サイゴンから来た妻と娘 近藤紘一著、文春文庫・490円。78年刊
- (5)ナマコの眼 鶴見良行著、筑摩書房・4068円。90年刊
ノンフィクションとは、つくづくはかないものだと思う。時代に深入りしなければならない宿命ゆえに、時代に束縛されて普遍の未来に至りがたい憾(うら)みがあるのだ。一、二年前の出来事が古色蒼然(こしょくそうぜん)となってしまう現在では、なおさらのこと。その中にあって生き残り、しかも戦後を題材にした作品となると、きわめて限られてくる。
(1)ノンフィクションのジャンルに「天才」の名を冠せられる人物は稀(まれ)だが、竹中労はその一人。本書は、「鞍馬天狗」で一世を風靡(ふうび)した名優・嵐寛寿郎からの聞き書きと、著者の“アラカン”へのオマージュによる一冊である。日本の語り芸の伝統が血肉化した独特の文体が、私には心地よい。
(2)水俣病患者と長年生活を共にし、その世界を従来とはまったく違った視点と筆致で描き出した衝撃的な作品。最初は読みづらいが、読後感は圧倒的である。同業の書き手たちに与えた影響も大きい。これほどの作品が絶版・品切れになっているところにも、ノンフィクションのはかなさが漂う。
(3)は、すでにノンフィクションの「古典」と呼んで差し支えなかろう。一九六三年(昭和三十八年)に起きた「吉展ちゃん誘拐殺人事件」を徹底的な取材で追った本書は、明るさばかりが強調される高度経済成長時代の“板子一枚下の地獄”を突き付けてくる。貧困と差別にさいなまれた犯人の生い立ちが痛ましい。
(4)ベトナム戦争の時代に書かれたノンフィクションは多々あれど、本書が冷戦後の今日もなお読み継がれているのは、「人間」が息づいているからにほかならない。とりわけ、著者の再婚相手であるベトナム人女性の躍動感がいい。彼女に注がれる著者の愛惜あふれる視線には、戦後の日本人が獲得したアジア観の最良の部分が体現されている。
(5)ジャーナリズムとアカデミズムの領域を軽々と飛び越える仕事を残した著者の代表作。海産物のナマコを辿(たど)って、日本からアジア・太平洋、オセアニアを往復する横軸(世界性)と、現代から近世・古代までを行きつ戻りつする縦軸(時代性)とを、著者はまさしく縦横無尽に論じている。
以上の5作はいずれも主に戦後をテーマにしたものだが、時代の範囲を戦前・戦中まで広げるなら、金子光晴の『どくろ杯』『マレー蘭印紀行』や大岡昇平『レイテ戦記』、『城下の人』を始めとする石光真清の手記4部作も、ぜひおすすめしたい。
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のむら・すすむ ジャーナリスト・拓殖大教授。56年生まれ。アジア地域や医療などをテーマに取材。『コリアン世界の旅』で大宅賞、『アジア 新しい物語』でアジア太平洋賞受賞。最新刊に『日本領サイパン島の一万日』。
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