戦後60年おすすめの本 ミステリー(大森望さん)
- (1)長いお別れ レイモンド・チャンドラー著、清水俊二訳、ハヤカワ文庫・882円。54年刊
- (2)ジャッカルの日 フレデリック・フォーサイス著、篠原慎訳、角川文庫・819円。71年刊
- (3)虚無への供物 中井英夫著、講談社文庫・上下各730円。64年刊
- (4)呪われた町 スティーヴン・キング著、永井淳訳、集英社文庫・上下各760円。75年刊
- (5)ソラリスの陽のもとに スタニスワフ・レム著、飯田規和訳、ハヤカワ文庫・840円。61年刊
小説の好みが非常に偏っているので、「戦後60年のミステリーのベスト5」と言われても茫然(ぼうぜん)とするばかり。そこで、超マイナーな作品を5冊並べる誘惑を抑えつけ、バランスと一般性に配慮したジャンル別の地区予選を実施した。
一組はハードボイルド。この分野の元祖たる『血の収穫』はじめ、ハメット作品はすべて戦前に書かれているが、チャンドラーの代表作『長いお別れ』は戦後の発表。ロス・マクドナルドの名作『さむけ』も、さすがにこれには勝てません。名台詞(せりふ)「ギムレットにはまだ早すぎるね」の含蓄はおろか、“男の友情”全般にもついぞ縁がないまま中年になってしまった大森にとって、“卑しい街をゆく高潔の騎士”の物語は一種のファンタジーにしか見えないが、だからこそ憧(あこが)れを誘うのかも。
冒険小説ブロックは、ライアル、ル・カレからクライトン、ラドラム、クィネル、クランシーなど、錚々(そうそう)たるベストセラー作家たちが集中する。激戦区を勝ち抜いたのは、一時代を画したフォーサイスの処女長編『ジャッカルの日』。ド・ゴール大統領暗殺を請け負った狙撃者をめぐる抜群にリアルなサスペンス。
本格ミステリー地区の黄金時代は戦前(主に30年代)なので、クイーン、カー、クリスティの代表作は軒並み対象外。海外の小粒な本格を選ぶくらいなら、島田荘司『占星術殺人事件』か綾(あや)辻(つじ)行人『十角館の殺人』、あるいは個人的に偏愛する麻耶雄嵩(まやゆたか)『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』を――と長考したが、“戦後ミステリー”の括(くく)りだと、やはり中井英夫『虚無への供物』は外せない。竹本健治を経由して、綾辻行人、京極夏彦や乾くるみにもつながる歴史的傑作。
第四のブロックは、リーガルサスペンスでも異常心理サスペンスでもなく、80年代を席巻したモダンホラー。もちろん代表は、当代最高のストーリーテラー、スティーヴン・キング。ここでは怖さを重視して、初期の吸血鬼ホラー『呪われた町』を選出した。
最後はSFから。地域的バランスに配慮した結果、意外にもポーランド文学の巨星レムの初期長編『ソラリスの陽のもとに』が地区優勝。読むたびに発見があり、昨年出た新訳版『ソラリス』でさらに評価が上昇した。ホラー、ミステリー、恋愛小説の要素を併せ持つ、奇想SFの先駆的な傑作。半世紀近くも前にこんな小説を書いていたレムは天才と呼ぶしかない。
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おおもり・のぞみ 翻訳家。61年生まれ。訳書にP・K・ディック『ザップ・ガン』など多数。評論家、コラムニストとしても知られ、共著に『文学賞メッタ斬り!』『読むのが怖い!』、著書に『現代SF1500冊』など。
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