戦後60年・おすすめの本 ロマンス(豊崎由美さん)
- (1)暗い旅 倉橋由美子著、新潮社・2520円=オンデマンド。71年刊
- (2)海市 福永武彦著、新潮社・4620円=オンデマンド。68年刊
- (3)ある日どこかで リチャード・マシスン著、尾之上浩司訳、創元推理文庫・1029円。75年刊
- (4)贖罪 イアン・マキューアン著、小山太一訳、新潮社・2730円。01年刊
- (5)本格小説 水村美苗著、新潮社・上1890円、下1785円。02年刊
婚約者の「かれ」が突然行方不明に。「かれ」を捜すために、「あなた」は失われた愛を求めて、過去への暗い旅に出る。他者との自由な関係を認めあった恋の突然の破綻(はたん)。その絶望は、しかし内面を旅する「あなた」の心象風景へと吸収されていき、やがて「あなた」は一編の小説を書こうと決心する――。倉橋由美子の処女長編小説『暗い旅』。二人称単数語りが印象的なこの日本文学ばなれして知的な恋愛小説に手もなくイカれたわたしは、大学生になった折に作品後半に登場する場所を京都に探索するという超ミーハーな行為に走ったほどです。
その倉橋さんが最後の著書『偏愛文学館』で取り上げている福永武彦『海市』もまた忘れがたい作品です。親友の妻を愛してしまう、妻を持つ身の画家。いわゆる不倫ものなのですが、宿命の恋、運命の死を描いた物語が、海市(かいし)=蜃気楼(しんきろう)のように美しく、はかなく現れ消える様を描いて頽廃(たいはい)的かつ戦慄(せんりつ)的な小説なのです。この作品のメロウさを指摘して笑う男性批評家は多いようですが、メロウでない恋愛のどこが面白い!と反論しつつ、続けて紹介したいのがリチャード・マシスンの時空を超えた愛を描くファンタジー『ある日どこかで』。通奏低音のように響く「そして、愛はとこしえに甘美なり」というフレーズが示すとおり、それはそれは甘〜いラブロマンなんですが、だまされたと思ってお読み下さい。落涙必至!
英文学を代表する作家イアン・マキューアンの『贖罪(しょくざい)』もまた、ある嘘(うそ)をきっかけに悲劇的な結末を迎える愛を描いて切ない大河ドラマ。一九世紀末から現代に至る小説の技巧を注ぎこんだ、優雅にしてリーダビリティの高い筆致で語られる、時代の変化に色あせることのない不変の人間心理を露(あら)わにする大傑作なのです。
日本文学近年の収穫からは水村美苗の『本格小説』を。戦後の東京と軽井沢を舞台に展開する、『嵐が丘』を下敷きにした激烈なラブストーリー。主人公の太郎&よう子の幸福な、しかし絶望的なまでに不幸でもある物語、その先が知りたい一心でページを繰る手が止まりません。
――あたしが死んでも、殺したいって思い続けてちょうだい。
――僕が死んだって、殺したい。
日本の文学史に残る名台詞(せりふ)。これに胸震わせない人には恋愛する資格とてなし、でありましょう。
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とよざき・ゆみ ライター。61年生まれ。「本の雑誌」「GINZA」などで書評を執筆。文芸、演劇、競馬、スポーツ、テレビドラマなどをカバー。著書に『それ行けトヨザキ!!』、共著に『文学賞メッタ斬り!』『百年の誤読』。
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