戦後60年おすすめの本 時代もの(細谷正充さん)
- (1)眠狂四郎無頼控 柴田錬三郎著、新潮文庫・1〜6巻・580〜740円。56〜59年刊
- (2)柳生武芸帳 五味康祐著、新潮文庫・上中下・品切れ。56〜58年に雑誌連載
- (3)坂の上の雲 司馬遼太郎著、文春文庫・1〜8巻各620円。68〜72年に新聞連載
- (4)警視庁草紙 山田風太郎著、ちくま文庫・上下各945円。73〜74年に雑誌連載
- (5)影武者徳川家康 隆慶一郎著、新潮文庫・上中下・740〜780円。86〜88年に新聞連載
戦後六十年の間には、膨大な量の時代小説が発表されている。この中からベスト5を選ぶためには、ある程度の明確な指針が必要であろう。そこで、物語の面白さの他に、戦後史の観点から意味ある作品をピックアップしてみた。
『眠(ねむり)狂四郎無頼控(ひかえ)』は、柴田錬三郎の人気を決定付けたシリーズの第一弾。秘剣「円月殺法」を使う虚無的な浪人・眠狂四郎を主人公にした、リーダビリティ抜群のエンタテインメントだ。オランダ人の転び伴天連(ばてれん)と日本人の娘の間に生まれた狂四郎は、戦後の混血児問題を投影したものとなっている。今読んでも格好(かっこ)良い、ニヒリズム・ヒーローだ。
五味康祐の『柳生武芸帳』は、高仁親王暗殺(もちろん作者の創作!)の真相を明らかにする武芸帳の争奪戦を、壮大なスケールで描いた伝奇小説。ストーリーが拡(ひろ)がりすぎて、ついに未完となってしまったが、べらぼうに面白い作品である。柳生家を政治集団と設定し、従来の剣の柳生像を刷新したところに、戦後的な新しさがあった。
日露戦争で活躍した秋山好古(よしふる)・真之(さねゆき)兄弟と、俳人の正岡子規。伊予松山出身の三人の若者を主人公にした『坂の上の雲』は、国家と個人の青春が合致した幸福な時代を、溌剌(はつらつ)と描いた大作だ。敗戦によって戦後の日本人が抱いていた、明治時代への後ろめたさを、司馬遼太郎は『翔(と)ぶが如く』と本作により払拭(ふっしょく)したといえるだろう。
個人的な意見になるが、明治はすでに時代小説の範疇(はんちゅう)に入れていいと考えている。というわけで、明治を舞台にした作品をもうひとつ。山田風太郎の『警視庁草紙』は、警視庁と旧江戸町奉行所のバトルに、実在・架空の有名人が入り乱れる、伝奇ロマンの傑作だ。明治時代を、昭和二十年八月十五日へ到(いた)る道程とする作者は、本作から始まる一連の“明治物”で、近代日本の闇を抉(えぐ)った。
司馬作品が正史なら、山田作品は稗史(はいし)。ふたつの歴史は、表裏の関係であるはずだった。しかし隆慶一郎の登場によって、新たな可能性が切り拓(ひら)かれた。
関ケ原で死んだ徳川家康の影武者を務める男と、その仲間たちの雄々しき夢を活写した『影武者徳川家康』は、史料を徹底的に突き詰め、記述の裏を読むことにより、正史と稗史を矛盾なく合体させたのだ。この作品により、時代小説は明確な進歩を遂げ、次なるステージを迎えたのである。
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ほそや・まさみつ 文芸評論家。63年生まれ。時代小説を中心に、エンターテインメントのジャンル全般を扱って「毎日新聞」などで執筆する。著書に『松本清張を読む』、編著に『大江戸事件帖』『江戸の爆笑力』など。
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