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ここから本文エリア 特集 〈戦争を読む、見る、伝える〉1 本「ガラスのうさぎ」 [作]高木敏子[掲載]2007年08月16日 戦後62年。生活面で募集した「戦争を伝えるこの一作」には、全国から約100通のお便りをいただいた。文学や映画の名作だけではなく、「戦争を語り継ぐ思いで作った」という自分史の本や小冊子を寄せる人も少なくなかった。一方、戦争体験がない世代がどう伝えるのか。ある男性は「できるだけ現地や現場に行き、自分の目や足で体感することを提案したい」と書いた。朗読会や合唱などで戦争や平和を問いかける取り組みも、各地から寄せられた。子や孫の世代へ。伝えたい、伝えなければ、という思いが投書にあふれていた。 ◇ 自身の体験を描いたノンフィクション。45年3月の東京大空襲で母と妹を失い、敵機の機銃掃射で父も失った少女「敏子」が生き抜こうとする姿を描く。77年に出版後、映画やテレビドラマになり、05年にアニメ映画化された。 ◇ 東京都渋谷区に住む村山緋佐子さん(64)は「テレビで見て感動した。娘が中1のころ、読書感想文のための本を相談され、迷わずこの本を勧めました」と話す。 村山さんは「敏子」が家族を亡くした大空襲の戦火を、生き延びた1人だ。作品はそのまま自分たちの「あの日」に重なる。 当時2歳。東京・御徒町駅の近くに住んでいた。空襲の日は、村山さんがたまたま発熱。風の吹きすさぶ日に、熱のある娘を屋外の防空壕(ごう)へ連れ出すことをためらい、母は自宅にとどまった。村山さんをかいまきにくるみ、村山さんの兄と3人で布団をかぶっていたと聞かされた。 その防空壕は爆弾を受け、中にいた人は全員即死。村山さん母子も自宅から焼け出されたが、命は助かった。 「警防団員だった父から、母は、防空壕に行くよう指示されていた。ルール違反をして生き残ったせいか、母は戦後も口が重かった。後ろめたさがあったのでしょうか」と村山さんは振り返る。 〈戦争を伝える私の一作〉火垂るの墓/ひめゆり/ちいちゃんのかげおくり/雨にも負けて風にも負けて ここから広告です 広告終わり |
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