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ここから本文エリア 特集 「アカデミックな変人」待望論 (1)2007年09月11日 ■ スペシャルトーク 茂木健一郎 × 林 望 イギリス的なるものに憧(あこが)れを抱く気鋭の脳科学者と、イギリス文化移入の歴史に精通した書誌学の俊才。共に「NTT出版Webマガジン」に連載を執筆中のお二人が初めて相まみえた座談の席は、異文化交流の要諦(ようてい)や日本のアカデミズム再生など、大いに議論が膨らんだ。
◇ ◇ ◇ 林 今、NTT出版のWebマガジンで『ビートン夫人の教え』という稿を連載しています。19世紀中頃に実在したイギリス中産階級の夫人、イザベラ・ビートンが著した『ビートン夫人の家政書』という大ベストセラーを底本にした作品です。ビートン夫人の著作は、一家を束ねる女主人の心得や料理のレセピの集大成ですが、なんと百数十年たった今日でも、イギリスのふつうの書店で売られているほどポピュラーな存在なんです。 茂木 今でいうと、アメリカのマーサ・スチュワートみたいな「カリスマ主婦」だったわけですね。 林 ええ。原著を読んでみると、当時のイギリス人の家庭生活の基盤がよくわかって、今日まであまり変わっていないなと。さらに興味深いのは、実はビートン夫人の著作が明治期の日本で出版されているんです。『家内心得草』という名で、女主人に早寝早起きや家計の倹約を奨励したり、使用人への接し方などが事細かに書かれているのですが、それらは日本のモラルと非常に似通っている。その一方で、イギリスであれほどヒットしたビートン夫人の料理については、日本に入ってきた形跡がありません。 茂木 料理となると献立も材料も違うし、食文化が大きく異なるわけだから。 林 つまり、異文化というものは、受け入れる側に必ず参照できる何かがないと移入できないと僕は思うんですよ。同じ西洋の風習でも、瞬く間に広まったものもあれば、いくら奨励され、強制されてさえも一向に受容されなかったものもある。文化というのは非常に選択的なんです。 茂木 今思い出しましたけど、林先生はご著書のなかでパンの文化の伝来について書かれていましたね。日本にフランスパンが受け入れられず、イギリス風の食パンが根付いたのは、日本人の食感の問題だったというような。いざ異文化を取り入れようとしても、自国の文化の基盤に合わないとダメなんですね。 林 それは学問でも同じです。イギリス的なアカデミズムが日本に入ってこないのは、受け入れる素地がこちらにないということ。むしろ、東アジア的な「科挙の文化」にとらわれ過ぎている気がします。 茂木 僕は最近、チャールズ・ダーウィンがすごく好きで、最もイギリス的な人物であるし、ああいう学問の総合性に対して憧れるというか、ああでないと本当の学問はできないなと感じています。昨今の日本は、あまりにもそれが欠けていっている気がして。 林 ダーウィンは象徴的な人ですが、実はダーウィンみたいな人がイギリスには無数にいるんですね。一見するとただの変人奇人のようだけれど、全身全霊でアカデミズムに浸りきっているような人たちが。 茂木 なぜ日本では「いい変人」が育たないのかと、わが文化ながら不安を募らせています。正しい変人を育てないと、これからの日本はおぼつかないですよ。正しくない変人には事欠かないようだけど(笑い)。 林 「アカデミックな変人」待望論(笑い)。 茂木 若い人がみんな憧れると思うんですよ、ぜひ自分もああなりたいと。今は、学者を見る学生の目に憧れが宿っていないから。 林 そもそも教育の中で、専門性と教養は矛盾しないと僕は思っています。だから、大学の教員たる者は教える能力が不可欠であるというのは短絡で、教えない人がいたっていいんですよ。そこに、イギリス的な変人奇人の、本当に学問の鬼みたいな人がいて、口を開けば「あー」とか「うー」としか言わない。にもかかわらず、その人の存在自体が若い人たちにものすごいインパクトを与える。 茂木 それこそがインスピレーションです。 林 あの人が自分の論文を読んでくれたら、天にも昇る気持ちになれる。若い人がいくら頑張っても、絶対に追いつけない何か隔絶したものを持った学者がいて、そういう人はいちいち教えないの。 茂木 そこにいるだけですよね。わかる、わかる。 林 狭い了見にとらわれて、ちまちま教えるだけでは、例えばA教授の弟子ならその人は小A教授。その下は小小A教授みたいになってしまう。そんな縮小再生産していくアカデミズムでは、やがてタクラマカン砂漠に消えゆくホータン河みたいなものですよ。 茂木 修辞がお上手、すばらしい(笑い)。 林 そうではなくて、最初は盃(さかずき)一杯の水から始まっても、行く末は大黄河へと連なっていくようなアカデミズム。そのためには、本物の隔絶した大英知というものを発見し育てていかなければならないんですね。 ここから広告です 広告終わり |
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