ここから本文エリア

RSS

現在位置:asahi.com>BOOK>特集> 記事

特集

敗者の悲しみの文学 世界でも類のないジャンル 川本三郎さん

[掲載]2007年10月26日朝刊

秋の読書特集 第2特集 時を超え、あの時代に―歴史・時代小説

 時代小説の魅力のひとつは、主人公が不自由であることではないか。身分社会の厳しい制約のなかにあって、彼らは現代人のように自由に生きることは出来ない。

写真かわもと・さぶろう 評論家 44年生まれ。映画、文芸などを幅広く評論。『大正幻影』でサントリー学芸賞、『荷風と東京』で読売文学賞、『林芙美子の昭和』で桑原武夫学芸賞・毎日出版文化賞など。

 身分という大きな壁がある。上下の人間関係の強いしがらみがある。「してはいけない」というさまざまな禁止事項がある。

 その不自由さのなかでなんとか自分の思いを貫こうとする。いわば「公」と「個」が激しくせめぎ合うところで必死に生きなければならない。その懸命な姿が、「なんでもあり」の現代人にはとうに失われた緊迫した感動を生む。

 武士は、藩命とあれば斬(き)りたくもない相手と斬り合わなければならない。藩のためにしたことでも失敗すれば、放逐され、浪人の身とならざるを得ない。町人たちも身分社会のなかにいて、恋愛ひとつ自由に出来ない。恋愛は時には命がけになる。貧しい家に生まれた娘は、家のために幼い頃に売られてゆく。

   ■  ■

 そうした不自由のなかで、傷だらけになって生きようとする。不自由さが彼らを鍛えあげる。ストイックにする。

 たとえば――、いま次々に力作を発表している乙川優三郎の逸品「邯鄲(かんたん)」(『武家用心集』所収)。ある藩の侍が家老から、藩内の強者の暗殺を命じられる。剣の家に生まれているとはいえ、相手は強敵。とても勝ち目はない。それでも藩命とあれば戦わざるを得ない。その侍の揺れ動く心が感動を与える。

 彼は30代なかばで、家族はいない。ただ手伝いの娘がいる。貧しい農家の娘で14歳の時に奉公に来た。米の炊(かし)ぎ方も知らなかった。米など食べたことがなかったから。その娘が主人の侍になんとか助太刀しようとするが女性の出るところではない。

 ただ貧農に生まれ、生きるためには泥でも食べて来たような娘は主人に、諦(あきら)めるな、何が何でも勝とうとしろと必死で訴える。

 対決の日。予想以上に相手は強かった。侍は早くも深傷(ふかで)を負う。その時、侍は思い切った戦法に出る。逃げて逃げて逃げまくる。醜いくらいに逃げる。貧農の娘が必死に生きのびようとしたように。そして追いかける相手が疲れ切ったところをなんとか斬り殺す。無論、自分も傷だらけ、血だらけ。それでも彼は立ち上がると自分を慕う娘の待つ家へと向かってゆく。

 不自由に生きている人間の必死の物語が胸を打つ。藤沢周平が没後もこれだけ読まれているのも、主人公の大半が、下級武士、藩を追われた浪人、下積みの町人といった、権力とはほど遠く、そのために不自由さにがんじがらめになっているからだろう。

 不自由さのなかで彼らは誇りを失わず、意地を貫き通そうとする。「公」と「個」のせめぎ合いは、「組織」と「個人」という現代人にとっても避けられない大きな対立と重なり合う。

 藤沢周平の初期の傑作「暗殺の年輪」がいまも感動的なのは、主人公の若い侍が、藩のなかで家の汚名のために疎外され、孤立無援でついに宿敵の家老を暗殺するという、「組織」と「個人」の対立になっているからだ。

   ■  ■

 時代小説といっても戦国時代を描くもの、剣豪を描くもの、藩内の権力争いを描くものなどさまざまあるが、個人的に好きなのは、藤沢周平や乙川優三郎、あるいは山本周五郎が好んで描き、描いた下級武士もの、江戸市井もの。

 底辺に生きる者の悲哀を描くものにこそ惹(ひ)かれる。「橋ものがたり」に代表される藤沢周平の江戸市井ものは何度読んでも泣かされるし、いま話題の佐伯泰英の「居眠り磐音(いわね)」シリーズが面白いのも、主人公が藩を離れた浪人で、江戸深川の市井に身を潜め、ウナギ職人に身をやつしているという「個」の設定があるためだろう。一度、挫折している人間だから磐音には人の悲しみがわかる。この悲しみが痛快な剣戟(けんげき)を支えている。

   ■  ■

 それにしても時代小説は不思議なジャンルである。IT時代のいまもなお何百年も前の話が書かれ、広く読まれている。世界でも類のないジャンルだろう。

 なぜ時代小説は生まれたのか。なぜいまも書かれ、読み継がれているのか。

 ここからは仮説になる。

 時代小説とは、戊辰戦争で敗れた旧幕府側の思いが込められた敗者の文学である。

 明治維新が成った時、勝者にとってそれはまさに「維新」だったが、敗れた幕府側にとっては「瓦解(がかい)」だった。勝者は、新しい文明の世を明るく迎えることが出来たが、敗れた側は敗戦の悲しみを持ってゆく場がなかった。その悲しみからようやく時代小説は生まれたといっていい。

 「新選組始末記」を書いた子母沢寛の祖父が彰義隊の生き残りだったこと、大作「会津士魂」を書いた早乙女貢が、戊辰戦争で敗れた曽祖父を持つことを思うと特にそう思う。そういえば、藤沢周平の故郷、山形県の鶴岡(庄内藩)も戊辰戦争で敗れた側である。

ここから広告です

広告終わり

このページのトップに戻る