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ここから本文エリア 特集 国家語る政治家の必読書 野口武彦さん[掲載]2007年10月26日朝刊 ■秋の読書特集 第2特集 時を超え、あの時代に―歴史・時代小説 大佛次郎『赤穂浪士』は1927年の作。忠臣蔵物時代小説の先駆けであるだけでなく、いまだに最高峰といえる。誰でも知っている史実に「次に何が起こるか」の期待を持たせる手腕は抜群。講談の「義士」像を封建制度に抗議する「浪士」のドラマに一新した。忠臣蔵の世界に《現代》を投影する小説の原形だ。
ニヒルな剣士堀田隼人(はやと)や怪盗蜘蛛(くも)の陣十郎を登場させて赤穂事件を《外部》から眺める視点を導入し、大石内蔵助の宿敵として上杉の家老千坂(ちさか)兵部(ひょうぶ)を配した対極的な構図が新しい。 新聞連載当時、作者はまだ30歳。バルザックやデュマを素養にした技法を自在に駆使して大衆小説を《芸術》に高めた。その巧(うま)さと度胸と落ち着きに感心した谷崎潤一郎をして「ませている」と評させ、三田村鳶魚(えんぎょ)に眼(め)の敵にされ、中里介山にイヤミを言わせただけはある傑作だ。 山本周五郎『樅ノ木は残った』は1958年刊。主人公は「伊達騒動」の悪玉原田甲斐。仙台藩62万石の内紛で、お家乗っ取りを企(たくら)む一味とされてきた人物である。歌舞伎では仁木弾正(にっきだんじょう)という凄(すご)みのある悪役で登場する。「実悪(じつあく)」の代表とされる役柄だ。 本作はその原田甲斐の人間像を反転させる。伊達騒動の背後には、内部分裂をけしかけて薩摩・加賀・仙台のような大藩を取り潰(つぶ)そうとする老中酒井忠清の謀略が動いていたとする歴史解釈である。甲斐の「どこへどう告発したらいいか」という煩悶(はんもん)は悲痛だ。 甲斐は孤身この「権力の陰謀」を阻止し、忠清に報復されて斃(たお)れる。真相は葬られ、乱心による刃傷として処理された。のしかかる重い責任に耐えて大事をなしとげる人間の《孤独》が心に迫る。若い政治家は、『竜馬がゆく』も結構だがまず本作を読んでほしい。 前2作に比べて、吉村昭『桜田門外ノ変』はぐっと新しく、1990年の刊行だが、すでに立派な歴史小説の古典になっている。 安政7年(1860)3月3日の大老井伊直弼(なおすけ)暗殺事件を加害者である水戸浪士の側から描いた作品。かねて「調べる作家」として史料の裏付けに定評のある作者が、当日の現場指揮者だった関鉄之介の日記にもとづいてリアリズム一本で押しまくる。 その堅実な方法が、井伊憎しの一念で凝り固まった浪士の強烈な主観性を通じて、幕末史の流れを変えた政治的暗殺の全局を客観的に描くという力業を繰り広げる。圧巻は、春には珍しい大雪を血で染める襲撃シーンだ。日本の最高権力者の首がなくなる場面がゆっくり精密に再現される。 日頃「国のために命がけでやる」と広言している政治家に、ぜひとも読ませたい歴史の必読書だ。
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