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「昭和の鉄道記事」が凄い、おもしろい(4)

[発売]2010年11月30日

写真:1940(昭和15)年6月26日、東京駅第3ホームで。日本によって建国された満州国(現中国東北部)の初代皇帝となった「ラストエンペラー」溥儀を出迎える昭和天皇拡大1940(昭和15)年6月26日、東京駅第3ホームで。日本によって建国された満州国(現中国東北部)の初代皇帝となった「ラストエンペラー」溥儀を出迎える昭和天皇

写真:1930(昭和5)年11月14日、東京駅で銃撃された浜口雄幸首相(中央部)。この時の傷がもととなり、翌年に死去した拡大1930(昭和5)年11月14日、東京駅で銃撃された浜口雄幸首相(中央部)。この時の傷がもととなり、翌年に死去した

写真:1960(昭和35)年6月22日、東京駅15番ホーム。いわゆる「60年安保闘争」で国鉄労組は時限ストなどの実力行使を展開。それに備えて前夜から「つばめ」を15番線に留置し「第1こだま」として運用した。手書きの「こだま」マークを取り付けている珍しいシーンだ。
拡大1960(昭和35)年6月22日、東京駅15番ホーム。いわゆる「60年安保闘争」で国鉄労組は時限ストなどの実力行使を展開。それに備えて前夜から「つばめ」を15番線に留置し「第1こだま」として運用した。手書きの「こだま」マークを取り付けている珍しいシーンだ。

表紙画像 出版社:朝日新聞出版 価格:¥ 1,680

AERAムック「昭和の鉄道と旅」

 アエラムック「昭和の鐵道と旅」復刻記事特集の4つ目は、「昭和史の証人 東京駅」です。

 1914(大正3)年に開業してから、文字通り日本の玄関口として活躍してきた東京駅。現在、開業当時の姿を復元すべく大改修工事中です。本特集では、朝日新聞が保有する膨大な写真アーカイブの中から厳選した東京駅のホームを舞台にした写真を掲載。激動の昭和史の主役たちが続々と登場してきます。その人物が立っている東京駅の「ホーム、番線」と、乗り込んでいる列車、あるいは到着した列車までできるかぎり調査し、掲載しています。

 例えば、1929(昭和4)年11月の写真には、ロンドン軍縮会議に出発するため、午後零時40分発の臨時列車に乗り込む若槻礼次郎元首相の顔が見えます。満州事変の勃発はこの2年後。1938(昭和13)年には、ドイツの政権を握っていたナチス党の青少年組織、ヒトラーユーゲントが東京駅をバックに歓迎式典で出迎えられている写真もあります。のち日独伊三国協定が結ばれ、日本は世界大戦の渦に飛び込んでいくことになります。

 1940(昭和15年)6月は、日本によって建国された満州国(現中国東北部)の初代皇帝・溥儀を東京駅に出迎える昭和天皇。第3ホームで軍装姿の溥儀と握手を交わしています。太平洋戦争中に戦死した山本五十六連合艦隊司令長官の遺骨も、鉄道を使って東京駅(第4ホーム7番線)まで運ばれていました。

 戦後では、京都から到着した日本初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹博士。さらにあの「裸の大将」でおなじみの放浪画家山下清も東京駅で写真に収まっています。放浪の旅を続けていた山下は1954(昭和29)年、鹿児島から千葉県の施設に戻るため、列車で東京駅に「帰還」しました。このときの列車は急行「きりしま」と見られます。

 今年没後40年を迎えた小説家、三島由紀夫も登場します。1958(昭和33)年、三島は妻の瑤子さんとともに東京駅第6ホーム(12番線)から、東海道線の列車で箱根まで新婚旅行に向かっているのです。列車の発車時間まで、ホームでタバコ片手に妻と並び、はにかみ顔を見せる三島。自衛隊市ケ谷駐屯地で彼が自決するのはそれから12年後、1970(昭和45)年11月25日のことでした。

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