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震災復興ボランティアの「武器」になったiPad

2011年6月29日

写真:ボランティアの成果をiPhoneやiPadを使って共有することで、チームの士気が高まる拡大ボランティアの成果をiPhoneやiPadを使って共有することで、チームの士気が高まる

表紙画像 出版社:朝日新聞出版 価格:¥ 980

(6月29日発売のAERAムック『AERA×Apple アップルはお好きですか』から抜粋した記事です)

 死者3025人、行方不明者2770人、全壊家屋2万8千戸……(6月10日現在)。3月11日に起きた東日本大震災でもっとも被害の大きかった自治体のひとつ、宮城県石巻市。海に近い市街地は石巻市立病院などいくつかの建物を除き、街は跡形もなく流された。

 もとはデパートだったという建物に入る市役所にも1メートル強の津波が押し寄せた。

 その市役所で地震発生以来、連日開かれている「災害対策本部会議」。本部長は亀山紘・石巻市長。市の担当者だけでなく、自衛隊などの責任者、地元の消防、警察の署長など約30人で構成される。

「昨日の炊き出しは9千食。ボランティアは1500人が参加しました」

 会議にボランティア代表として参加しているNGOのピースボート共同代表の山本隆さん(41)は、その日のボランティアたちの“成果”を発表していた。片手にはiPad。

「先月のボランティアの1日平均参加数は?」

「支援の手が届きにくい遠隔地の活動状況は?」

 会場からの質問に対し、山本さんはiPadの画面を手繰りながら、具体的な数字や事例を交えてテキパキと答えていく。時にはiPadに収められている画像を見せて、活動状況を説明する。行政関係者らが机を占拠する分厚い何冊もの書類ファイルをひっくり返しながら説明するのとは対照的。

 山本さんのiPadには、地震発生直後から毎日提供してきた約45万食の炊き出しデータや、給水ポイントや避難所の位置を記した独自の地図など膨大な情報が入っている。

 今回の震災では全国から被災地にボランティアが押し寄せた。だが、ほとんどの自治体では受け入れ態勢をうまくつくれず、ボランティア志願者たちの熱い思いを受け止めきれていない。だが、石巻市では市や地元の人とボランティアが一体となった「石巻災害復興支援協議会」を創設。6月10日までに活動したボランティアは約8万人にのぼる。「奇跡のボランティア組織」と呼ばれるこの「石巻モデル」を作り上げたひとりが、山本さんだ。阪神・淡路大震災をはじめ、世界各地の災害支援現場で手腕を振るってきた。

 連日、彼の元には支援を求める被災者や他の地域のボランティアから相談が舞い込む。

「牡鹿半島の被災状況が最悪です。津波で道路が寸断され、救援物資の搬入もままなりません」

 視察から帰ってきたボランティアが訴える。

 石巻市の北東部にあり、海に大きく突き出している牡鹿半島は、住民の約2割が現在も避難している(地震発生当初は5割)。半島の海側は複雑に入り組んだリアス式海岸。半島の全体が勾配が急な山間部という地理的問題もあり、深刻な被害のわりに支援が遅れていた。

 山本さんはiPadで「グーグルアース」を開いた。画面には、津波で瓦礫と化した海辺の集落の様子が浮かび上がった。

「沿岸部から1キロ以上も内陸に被害が及んでいる。ここに避難者がいるんだね(表示された家らしきものを指さしながら)」

「はい。この入り江の脇の道は寸断されているので、物資搬入には大きく迂回しなければなりません」

 山本さんは、被災地で第三者情報を客観的に評価するのは難しいと、経験から語る。

「『全滅です』『大変です』『すごいです』といっても、どの程度なのか、どの地域と比べてなのかわからない。また、初めて震災支援に携わるボランティアは実際よりも過大評価してしまいがち。被害状況を聞く時は、必ずグーグルアースなどで被災地の様子を可視化できる環境が必要なんです」

 といっても一日中移動しながら活動していると、パソコンと無線LANを持ち歩くのは不便だ。いつでもどこでも小型パソコン並みの画面でインターネットに接続できるiPadは重宝するという。「震災支援の武器」として現地で活躍しているiPadだが、山本さんのものではない。

 地震発生当初、ボランティアとして石巻入りしたボランティア団体、め組JAPANの井上さゆりさん(26)はツイッターで、ソフトバンクの孫正義社長にこう書いた。

「震災支援を始めるので、携帯電話が欲しいってつぶやいたんです。すると、翌々日には400台のケータイとiPhone・iPadを10台ずつ持って、同社の社員の方がトラックで届けてくれました。しかも、3カ月は通話料タダ。本当に届けてくれるとは……」

 同社広報部によると、被災地に提供した携帯電話と関連商品は1万7千台。さらに臨時基地局を延べ129カ所に開設し、ユーザーサポート要員を同社のグループ社員から公募、延べ440人のボランティア社員が現地に赴いた。同社は、復興支援ポータルサイト「みんなでがんばろう日本」の運営や、救援物資のスムーズな供給をiPad上のシステムに一元化させた「救援物資マネジメントシステム」の開発など、積極的に被災地支援をしている。

 阪神大震災時には、仮設の公衆電話に被災者の長蛇の列ができた。しかし、携帯電話の普及は被災地の風景を大きく変えた。今回の地震発生直後はSNSやツイッターなどインターネット経由の通信インフラが最後まで生き残り、被災者間の安否確認や初動の人命救助に大きな役割を果たした。

 しかし、時間の経過とともに、電力の供給が途絶え、電源確保が困難となった携帯電話やiPadは機能不全に。

「避難所を中心に発電機と衛星回線を利用した復旧に努めました。延べ約800人の技術チームが被災地に入り、衛星回線を使って復旧した基地局は244局。10台の移動基地局車を出し、現在も7台が稼働中です」(同社広報部)

 来る災害に向けて、通信インフラの早期復旧には大きな課題が残る。山本さんは、発電機と外付けのバッテリーを持ち込み、電気復旧までの数週間をしのいだ。

 現在、石巻市では津波がもたらした大量のヘドロの処理や瓦礫の撤去が早急な課題だ。瓦礫処理は6〜10人のボランティアで1チーム。毎日20チームが出動している。家財道具を運び出し、屋内に堆積したヘドロや瓦礫をスコップで土嚢袋に入れて運び出す。その後、重油や魚の死骸などで強烈な悪臭を放つヘドロを手作業でこそげ落とすのだが、一般的な家屋の場合、作業完了までに1〜2日かかる。一日作業をしただけで、体中の筋肉と関節が悲鳴をあげる重労働だ。

 そんな過酷な作業をするボランティアたちが実践しているのが、瓦礫処理前と後の様子をiPhoneで撮影すること。これらを本部のデータベースにメールで送信。記録に残そうという試みだ。

「石巻のどの地域の瓦礫処理が終わっているのか一目瞭然です。しかも、ボランティアが入る前と後の現場の様子を地図上に画像で残すことで、自分たちの日々の成果を可視化できる。このデータベースは(アプリの)ドロップボックスで管理しているので、iPhoneさえあれば誰でも共有できます」(ボランティアコーディネーター、小林深吾さん)

 ボランティアにも、「街が少しずつ復旧してゆく様子がわかり、やる気が湧いてくる」と好評だ。

 現在、山本さんはボランティアのストレスを解消しようと、あるシステムの導入を模索している。「通常なら片道20分の現場への道が、急遽工事で通れなかったり、地盤沈下の影響で満潮時には道路が冠水で封鎖されたりする。結果、現場のボランティアは、何も知らされないまま1時間近く無意味に待たされるのです」

 被災地だからと頭ではわかっていても、理由を知らされないままの長時間待機はストレスと軋轢を生む。そこで、バスやトラックの運転手にiPhoneを携帯させ、GPS機能を使って、位置情報をiPadの地図上に表示させようというのだ。

「瓦礫撤去も、最終的には現場と処分場を往復するトラックの時間に左右されます。なぜ戻ってこないのか、今どの辺りにいるのかを把握することで、仕事配分の目安にもなるし、現場のリーダーはボランティアや家主さんに待つことを納得してもらえるのです」

 山本さんが所属するピースボートの専属スタッフは、山本さんを含め3人。現場のリーダーは経験を積んだボランティアが2週間ごとに引き継ぎ、このスタイルで多い時で2千人以上を組織する。

「広範囲に分かれて作業をしているボランティアが、支援に必要な膨大なデータをどうやって共有するのか。今までは本部と現場のやりとりにもっとも人手がかかりました。しかし、iPadやiPhoneで格段に組織の機動力が上がりました」(山本さん)

 さらにこうした「武器」の精度をあげるためには何が必要か。

「アプリケーションを含む被災地支援の独自システムを、共同で開発できる技術者が現地にいたら。開発者の多くは被災地を見ていないので、出来上がったものが使いものにならないケースが多い」

 ただ、と山本さんはつけ加えた。

「被災地の現場って、それがすべてになってはいけないんですね。インターネットがすべてを解決するとか、iPadがあれば大丈夫とか、絶対にない。大切なのはそれを使って、どれだけ多くの支援が実現できたかだと思います」

(ノンフィクションライター・中原一歩)

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