■能力主義で格差が広がる
教育基本法改定案の審議が始まった。教育基本法というのは、教育についての憲法みたいなもの。事実、現行の教育基本法を戦後間もなく作るとき、憲法の一部に含めては、という意見もあったほど。だから今回の改定案は改憲への地ならしという意味もある。
辻井喬ほか編『なぜ変える? 教育基本法』を読むと、改定案の問題点だけでなく、与党が日本をどういう国にしたいのかが透けて見えてくる。
寄稿者の顔ぶれが豪華だ。大江健三郎に姜尚中に高橋哲哉に苅谷剛彦に……俳優の牟田悌三の名前もある。もっとも、収録されている文章のほとんどは、雑誌「世界」がこれまで掲載してきたもの。
第三章「改正案を徹底的に検証する」、なかでも成嶋隆「『教育基本法案』逐条批判」が勉強になる。改定案はそれだけ読むとなんとなく口あたりのいい甘ったるい文章だが、じっくり読むと激辛でお腹を壊しそうだ。
愛国と能力主義。改定案のポイントはこの二つだ。「郷土」とかなんとか言いくるめても、目指すところは同じ。まあ、愛国心を基本法に書き込むよりも、愛されるに値する国づくりを政治家に義務づける法律を作ったほうが手っ取り早いと思うけど。
愛国心よりも、能力主義のほうが根が深くて問題かもしれない。改定案では、一人ひとりの可能性を伸ばす教育ではなく、いまこの時点での能力に応じた教育をほどこそうとしている。恵まれた環境で高い能力を発揮できる子はさらにその能力を伸ばす。それはそれでけっこうだけど、劣悪な環境の子はどうなるのか。これでは階級格差が広がる、というよりも、むしろ狙いは格差の固定と拡大か。
基本法改正を叫ぶ人たちは、教育の荒廃は戦後民主教育に原因あり、といいたがる。しかし、歴史を振り返るとむしろ逆の事実が見えてくる。日教組がバッシングされ、学校現場の締め付けが厳しくなればなるほど荒廃する。あげくの果てが全国の進学校で起きた履修もれではないか。