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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>ニュースな本> 記事 ニュースな本 捕鯨問題の歴史社会学 [著]渡邊洋之[掲載]週刊朝日2007年06月15日号 ■捕鯨は文化か 五月二十八日からアンカレジで国際捕鯨委員会総会が開かれた。この総会では毎回、商業捕鯨の再開を求める捕鯨国と反対国との間で激しい議論が繰り返される。 わざわざ国際会議で捕鯨について取り決めるのは、一時の乱獲のために鯨が減ってしまったからだ。捕鯨国は鯨の数は十分だといい、反捕鯨国はまだ絶滅の危機があるという。そこに鯨は高等な動物だから殺すのはかわいそうだという感情論や、じゃあ牛や豚はかわいそうじゃないのかというこれまた感情論がまじり込み、いささか滑稽なことになっている。 日本は頑固な捕鯨国として知られ、今回も激しい非難を浴びた。日本が商業捕鯨再開を主張する根拠の一つは、鯨を捕って食べるのは日本の文化だから、というもの。ガイジンの価値観で、オレたちの食文化にいちゃもんをつけるな、というところか。 だが、本当に捕鯨と鯨肉食は日本人の伝統的な文化なのだろうか。日本人はいつごろから鯨を食べるようになったのだろうか。渡邊洋之『捕鯨問題の歴史社会学』は、この問題を研究した学術論文である。 結論からいうと、捕鯨も鯨肉食も近代になって普及したものだ。明治になって爆薬を装填したモリを打ちこむノルウェー式捕鯨が導入され、捕鯨会社がいくつかできた。ただし、砲手はノルウェー人、作業員の多くは朝鮮人。これによって捕鯨が盛んになり、鯨肉も一般に食べられるようになった。それまでは網による捕鯨が一部の沿岸で行われていただけ。 捕鯨に対する感情はさまざまだったようだ。たしかに鯨を捕って食べる地方もあったけれども、鯨を神様に見立てて捕鯨をタブー視する地方もあった。 明治時代には捕鯨に反対する動きが各地であった。本書には青森県で起きた捕鯨会社事業場の焼き打ち事件が紹介されている。死者・重軽傷者まで出したというから大事件だ。誰もが鯨肉を喜んで食べていたわけではない。 伝統だの文化だのというのは案外こんなものなのである。
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