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1960年代の東京―路面電車が走る水の都の記憶 [写真]池田信 [解説]松山巖

[掲載]週刊朝日2008年5月23日号

  • [評者]永江朗

■高速道路のない広い空を北京の人に見てほしい

 洞爺湖サミットが近づいている。話題の中心は環境問題になるだろう。議長国としては、何かインパクトある提言をしたいものだ。

 そこで福田さん(まだ総理やってますよね?)にアドバイス。都市ではバスをやめて路面電車にする、なんていうのはどうだろう。

 先日、堺市(大阪府)を2日かけて散歩した。大阪市浪速区の恵美須町から堺市の浜寺まで伸びる路面電車がとてもいい。駅と駅の間隔が短いので、気軽に乗って、気軽に降りられる。まさに下駄がわりの電車。

 バスとの違いは排ガスだ。以前、バス停と信号の前のマンションに住んでいたが、換気口のフィルターが一カ月で黒くなった。

 池田信写真、松山巖解説『1960年代の東京』は、都心に路面電車が走っていたころの東京の写真集。池田は都立日比谷図書館に勤めた人で、日々、資料を整理するうち、東京の劇的な変化を実感し、当時の姿を記録しておかねば、と思ったらしい。

 ページを開いた瞬間に感じるのは、空が広いこと、高速道路がないこと、高層ビルがないこと、そして車と人が少ないこと。国立社会保障・人口問題研究所の人口統計資料集を見ると、1960年の東京の人口は968万4千人。2005年は1257万7千人。いまよりも300万人近くも少なかった。増えた300万人の中には私も含まれる。

 高速道路がないかわりに、いたるところで目につくのが路面電車である。こんなところにも、と思うような場所にも路面電車の姿がある。たとえば代官山・中目黒の鎗ケ崎交差点であるとか、四谷の上智大学付近であるとか。また、東京は水の都でもあった。河川は人や物を運ぶのに使われた。

 いまの東京に路面電車や水上バスはわずかしか残っていない。だが、高速道路を造り、川を暗渠にする以外の方向もあり得たのではないだろうか。東京オリンピックに向けて大慌てでやったことのツケがいま回っている。本書を北京の人に見てもらいたい。

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