[掲載]週刊朝日2008年7月18日号
■水門を閉じることは未来を閉じること
佐賀地裁は、諌早湾干拓事業について、排水門を5年間、常時開門するよう国に命じる判決を下した。3年間の猶予期間つきとはいえ、画期的な判決だ。
そもそも同事業そのものが、批判の多いものだった。豊富な漁業資源のある有明海で、なぜ海を潰して農地にするのか。防災目的なら他の方法もあるはずだ。工事で潤う一部の企業のための事業じゃないかと思われても仕方がない。
判決を聞いて真っ先に思い浮かべたのが服部真澄『ポジ・スパイラル』である。5月に発売されたばかりの長篇エンターテインメント小説だ。東京湾で死んだ環境省官僚の謎を追いながら、環境問題、海洋資源、マリコン(=ゼネコンの海洋版)、バイオエネルギーの可能性などが登場人物たちによって語られる。
主要登場人物の1人が久保倉恭吾。タレント兼俳優で、ニュース・エンターテインメント番組の進行役をつとめている。容姿もいいが、それだけではない。知識を貪欲に吸収して、見識も深めていく。世論を巧みに引っ張って、政治をも動かすような力を見せる。
恭吾が環境問題に強い関心を抱くのには理由がある。恭吾の故郷は有明海であり、彼の家族は諌早干拓による環境悪化で破滅してしまった過去があるのだ。
この小説には、干拓事業がどのように豊かな海を殺し、漁民の生活を破壊し、地域のコミュニティーを分断するかが、とても分かりやすく書いてある。もちろんフィクションと現実を混同してはいけないが……。
恭吾はある方法によって排水門を開ける。その方法が痛快だ。娯楽小説ゆえ、種明かしは遠慮するが、非合法な手段でないことだけは明らかにしておこう。しかも、この排水門開門が日本の未来を明るくする、とこの小説はいう。これからポジティブ・スパイラルが始まるのだ、と。
実質敗訴した農水省は、控訴する方針だといわれる。水門を閉じることは、未来を閉じることではないのか。
著者:服部真澄
出版社:光文社 価格:¥ 1,785
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