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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>デジタル読書トレンドWatch!> 記事 文・落合早苗 桜の木の下には屍体が埋まっている 『梶井基次郎全集』2007年03月12日 暖冬の影響で今年は早くも開花予想が発表された。決して長く厳しい冬ではなかったが、それでも本格的な春の到来を告げる花の便りには気持ちが和む。とりわけ、桜への想いは格別なものがある。薄紅の小さな花が枝という枝を覆いつくすようにいっせいに咲き誇る姿は幻想的で妖艶だ。散りぎわは儚く、美しい。 桜の木の下には屍体が埋まっている この時期になると思い出す。作品を読んだことがなくとも、このフレーズはどこかで目にしたことがあるかもしれない。梶井基次郎の『桜の木の下で』の冒頭の一文だ。 代表作『檸檬』をはじめ、若い時に梶井作品に触れた人は多いだろう。若いころに読むのと一定期間を経て読み返すのとでは、同じ作品でも全くちがった感想を持つことがある。退廃的な生活を送り肺病を患っていた梶井の作品には負の感情が色濃く投影され、若くてみずみずしい感性にはそのシュールさに惹かれることはあっても、理解や共感といったものからはほど遠いものだった。 大きな悲しみや悩みを抱えているときなど、周囲の健全さから自分だけが取り残されてしまったような感覚に陥ることがある。齢を重ねるにつれ心にそういう襞が刻まれてくると、美しいものを、ただ美しいとは受け取れなくなることもある。アンビバレントな感情を持ったことのある人ならば、「桜の木の下には屍体が埋まっている」という妄想(「檸檬」の爆弾を仕掛ける、の妄想でもいい)にも共鳴できるようになる。そして満開の空気を描写したくだりに来て、ふいに桜の風景に出会ったように胸を突かれる。その桜は記憶の中のものかも知れず、あるいは現実のものではない心象風景なのかもしれない。ことばによる表現というののはこれほど豊穣なものだったのかと、今さらながら思う。年をとるのも悪くはないのだな、とも。 本には、一度きりしか読まないものと、何度も読み返したくなるものがある。かつてその良さがわからなかった名作・古典の類いも、その深みや渋みを感じられるようになる。全集をコレクションしたい誘惑にかられるものの住宅事情が許さないようなときには、今なら電子書籍という選択肢もある。この手のものは決してベストセラーにはなりえないが、本作品を収録する「梶井基次郎全集 全一巻」(筑摩書房)など、文化的な意義を感じるラインナップは案外揃っている。
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