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文・落合早苗

初代「本屋大賞」を再読する 『博士の愛した数式』

2007年04月02日
[評者]落合早苗

 4月5日に「本屋大賞」が発表される。売り場からベストセラーを作ろうという主旨で、書店員の有志により設立された賞である。権威ある選考委員により選出される閉じたイメージの他の多くの文学賞とちがい、より読者に近い視点を持つ書店員の投票結果によって決められるもので、過去の受賞作も読者レビューを見る限り満足度の高いものが目立つ。今年でまだ4回目でありながら、本好きにとっては注目度の高い賞だ。

 全国書店員が選んだいちばん!売りたい本、であるためか、受賞作も含め候補作品はなかなか積極的には電子書籍化されていないのだが、第1回(2004年)の大賞『博士の愛した数式』(小川洋子著/新潮社)はPCとケータイ(auのみ)で提供されている。2006年1月の劇場版公開後まもなく配信が開始された。

 単行本・文庫合わせて昨年10月時点で200万部を突破し、映画化/DVD化もされて、多くの人がこの作品の概要はご存知であろう。80分しか記憶がもたない博士と、博士のもとへ派遣されることになった家政婦の「私」、博士に「ルート」という愛称を贈られた「私」の息子、3人の友愛に満ちた日々が静謐(せいひつ)な無駄のない筆致で描かれたものだ。起伏がまったくないわけではないが、博士が記憶を失うことになった事故のことも、博士の最期も、ことさらドラマティックには仕立てられてはいない。数式と野球を中心に据えながら、淡々と物語は進行する。しかし最後の1ページを閉じた瞬間に湧き出るように涙があふれ、その涙とともにすっかり魂が浄化されたような気持ちになる。読むというより、感じる。そんな作品だ。例えば誰かに本作品を勧める場合、なにがよいのかを言葉で伝えるのは難しいと感じている人も多いのではないだろうか。すでに読んだ者同士であるならば、ただそれだけで共通言語となりうる力を持つ作品ともいえる。

 個人的には墓に持っていきたい本の一冊。デジタルファイルを墓に持ち込むことはできないため、初めて読んだ単行本の9刷版(まだ「本屋大賞」を受賞する以前の水色の帯のもの)を大事にしているのだが、ひとりの本好きとして、こういう良質な作品をネットやケータイを通じて普段あまり本を読まない人たちにも届けられたら、と願っている。

hon.jp

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プロフィール

落合早苗(おちあい・さなえ)
 株式会社hon.jp代表取締役社長
 学習院大学文学部卒。出版社・IT関連サービス会社等を経て2004年3月インプレス(現・インプレスホールディングス)入社。同月設立の100%子会社リーディングスタイル(現・hon.jp)に出向。丸善丸の内本店の電子書籍体験コーナーの運営や表参道のカフェを使ったケータイ読書プロモーションを企画実施。2006年10月より現職。日本ペンクラブ会員。日本出版学会会員。

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