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ゼロ年代の50冊

磁力と重力の発見(1〜3) [著]山本義隆

[掲載]2010年4月25日

■〈遠隔力〉に着目する大きな歴史観

 予備校の教室に入ってきたその教師は、ひげ面に炯眼(けいがん)。パワフルな話し方は、まるでアジ演説。「文楽人形みたい」。当時高校生で、授業を受けていた評論家の山形浩生さんは、そんなことを思っていた。

 教師が教える“受験物理”も異色だった。

 「受験問題を解くのだから、普通、公式からどんどん移項して解いていきますよね。でも先生は無意味な移項をすると、『それは物理じゃない、算数だ。物理の公式とは、ものごとの因果律を表現する式なんだ』と言っていました」

 その教師が山本義隆さんだった。

 いまや全世界が包み込まれている世界認識の枠組み、それが近代西洋に生まれた自然科学だ。その思考の枠組みはどう成立したか――。磁力と重力という〈遠隔力〉に着目、発見過程を歴史的に追跡した。圧巻は中世、ルネサンス期への言及。

 「ガリレオ、コペルニクスの時代になって、ものの見方がガラリと変わった――。そういう歴史の見方はナンセンス。歴史を大きく見ると、過去と現在がつながるということを論証している」(山形さん)

 明治大学名誉教授(物理学)の中村孔一さんも、取材に対して「国際的に見て類書のない本」と話した。

 「〈遠隔力=離れているものに働く力〉を、人間はどのように理解してきたか。ギリシャ時代から17世紀の科学革命まで、非常に長い時間、広い地理的範囲を調べ抜いている」

 山本さんは自らを「一介の物理教師にすぎ」ないとし、「本書の執筆それ自体が、僭越(せんえつ)をとおり越してほとんど無免許運転」と書いた。だが、中村さんはその“僭越”をこそ高く評価する。

 「現代の研究者は微に入り細をうがつ研究をして、逆に、1千年以上を見通す通史を書けなくなっている」

 発行時、山本さんの経歴も大きな反響を呼んだ。大学時代、研究者として将来を嘱望された山本さんは、元東大全共闘代表。安田講堂を占拠して機動隊と対峙(たいじ)、敗れ、アカデミズムの現場を去った。

 広島県の平城智恵子さん(46)は、「本から漂う匂(にお)いでただ者ではないと直感したが、山本氏の来歴が衝撃だった」と感想を寄せた。今ふたたび、本棚から引っ張り出し、その匂いをかいでいる。(近藤康太郎)

    ◇

 「50冊」アンケートの回答から。

 社会学者の大澤真幸氏「西洋においてさえも、自然科学史といえば大抵、古代ギリシャ・ローマから始めて、その後、中世とルネサンスの1千年間をほとんどすっ飛ばして、いきなり近代を論ずる。しかし本書は、中世・ルネサンスと近代科学との連続性と断絶性をたんねんにたどって、国際的な水準にある」

 生命倫理学者の小松美彦氏「『ぼくも、自己否定に自己否定を重ねて最後にただの人間――自覚した人間になって、その後あらためてやはり一物理学徒として生きてゆきたいと思う』。こう宣言した人物の34年後の快作」

    ◇

 「ゼロ年代の50冊」とは?

 本の目利き151人が選んだ50冊のリストもご覧になれます。

◆ 感想募集 次回は『遠い崖』
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 次回は萩原延壽『遠い崖(がけ)』(朝日新聞出版)です。そのほか『博士の愛した数式』『木村蒹葭(けんか)堂のサロン』『東京骨灰紀行』の感想も募集しています。

表紙画像

磁力と重力の発見〈1〉古代・中世

著者:山本 義隆

出版社:みすず書房   価格:¥ 2,940

表紙画像

磁力と重力の発見〈2〉ルネサンス

著者:山本 義隆

出版社:みすず書房   価格:¥ 2,940

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磁力と重力の発見〈3〉近代の始まり

著者:山本 義隆

出版社:みすず書房   価格:¥ 3,150

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